シガレットキス (Page 4)

「先生って、今は何の仕事してるの?」
「無職」
「え、嘘」
「ほんとだよ。働いてとこが潰れて就活中」
「ヤバぁ」
「ヤバいんだよ」
「スーツ着てるのって、面接とかあったの?」
「そう。まあ、今日の所は無理だろうなぁ」
「分かるの? そうのって」
「何となくな」
 ワイシャツの胸ポケットに突っ込んだ煙草を取り出し、加藤は火を点ける。紫煙が天井へと昇っていく様を視線で追う。

「先生って、映画とか見るの?」
「……見るよ」
「やっぱり? 凄いもんね、これ」
 小野島が見ているのはリビングの一角を占領しているホームシアターだ。
「友達の家にもあったけど、それより凄いよ」
「どうも」

「……先生って、学校辞めてからどんな仕事してたの?」
「映像関係」
 ぽつりと言った言葉に小野島は、驚いた顔になった。
 ころころと変わるその表情にも、加藤の脳は刺激されない。本当に彼女はかつて自分が勤めていた学校の生徒だったのだろうか。
 そんな彼の疑念を感じたのか、小野島が苦笑する。

 彼女は表情を変えず、加藤の隣に座った。ソファが初めて加藤以外の体重を受け止め、驚いたように軋んだ。
「あたし、ちゃんと先生のこと憶えてるよ」
「俺は憶えてない」
「授業でさ、古い映画見せてくれたじゃない?」
「そんこともあったっけ」
「あれ、また見たいな」
「どんな映画だったか、憶えてる?」
「西部劇っていうんだよね、早撃ち勝負してたよ」
「タイトルは?」
「忘れちゃった」
 今度は加藤が苦笑を浮かべ、ソファから立ちあがる。そして、映像作品を収めた棚からひとつ取り出す。
「これだよ、きっと」
「見せて」
「はいはい」
 言われるがまま、加藤はホームシアターをセッティングする。機器をスタートするとマカロニ・ウェスタンがスクリーンへと映写された。

 加藤は次第に瞼を開けているのが億劫になっていく。疲れとアルコールの相乗効果であっという間に彼は寝息を立て始める。

 ふと、煙草の匂いに気付いて目を開けると活劇は終わり、煙で少し汚れたスクリーンにはスタッフロールが流れていた。
 煙を目で追うと、いつの間にか小野島が煙草を吸っている。自分の手にも口にも煙草がない。眠りこけた自分から彼女が取り上げたのだと、加藤は気づいた。

「火事にならなくて済んだ」
「あたしを泊めて良かったでしょ?」
 スタッフロールを見ながら笑いもせず小野島が答える。
 その横顔を見て、加藤は教員時代のことを思い出す。
 生徒指導室で進路について面談した一人の女子生徒。きっちりと着崩すこともせずに制服を着こんだ、気真面目そうな少女。その面影が小野島の横顔にある。

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