シガレットキス (Page 2)

 店の外は当たり前だが、まだ夜のまま。
 ずんずんと歩く加藤の足が向く先は駅だ。交番も駅前にはあるかもしれないが、駆け込むつもりは毛頭ない。
 駅に辿り着いた加藤は、女の手を放した。

 空っぽになった手でICカードを背広から取り出し、改札の方へ顎をしゃくる。
「じゃあ、俺は電車乗って帰るんで。お姉さんもそうしなさい」
「……」
 女は無言のまま、じっと加藤の顔を見るだけで何も言わない。その対応に加藤は格好をつけて肩を竦めてみせる。そして、女へ背を向けた。

「……やっぱり」
 背後から声が追いかけてくる。
「加藤先生じゃん」
 心臓を掴まれたような心地で、ぎょっと加藤は足を止めた。

 加藤先生、と彼を呼ぶ人間は限られている。かつての同僚か、教え子だ。
 やめておけばいいのに、足を止めて加藤は首だけで女を振り返ってしまう。機械だったら、ぎしぎしと首が軋んで音を立てていたかもしれない。

 そんな心地で彼が振り返った先には女が朗らかに笑っていた。頬が腫れた痛々しい笑顔だった。
「ねえ、泊めてよ」
「嫌だ」
 加藤は即答した。

「でも、あいつ、あたしの家も知ってるから押しかけてきそうなんだよ」
「警察に行きなさい」
 誰だ、こいつは。
 銀髪の教え子など記憶にない。ましてや加藤がかつて勤めていたのは、それなりの進学校。やんちゃな生徒など見当たらない温室じみた環境だったのだ。
 女は加藤の動揺も知らず、笑顔のまま銀色の髪を耳に掛ける。
 露わになった女の耳には髪色と同じ銀色のピアスが幾つも並んでいた。そこにどんな美学があるのか加藤にも想像もできない。

「やだ」
「俺は」
 何事が言おうとして加藤は言葉に詰まってしまった。
 その隙を突くように女が言葉を滑り込ませる。
「一晩でいいから泊めてよ。始発まででいいから」
「……分かったよ」
 わざと大きく舌打ちをした加藤は女に背を向け、改札を通り抜けた。女も加藤に続いて改札を通り抜ける。

 ホームの一番端にあるベンチに並んで座り、無言で電車を待つ。日中よりも少し待ったが、それでも予定通りに電車がホームに入ってくる。車内は空いており、ホーム出そうであったように二人は、また並んで座席に腰を落ち着けた。
 暗い車窓には酔っ払って顔を赤くした男と、頬を腫らした若い女が並んで写っている。
 端から見たら加藤が彼女に暴力を振るったように見えるかもしれない。だが、今更そんな誤解をされたところで、痛むようなプライドや失う職もない。

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