出会い頭にすれ違い、交差しているのにぶつかる (Page 2)
いつものように、裏手の室外機の下に隠してあるモデルハウスのカギを使って入り口のドアを開ける。
平日は事務所やリフォーム現場での指示、休日は住宅展示場での見学者への説明が私達、現場班の仕事だ。
私は私物を置いて、室内の清掃から始める。
先週使ったばかりのリビングルームでも、人が住んでいないというだけでかなりの埃が溜まってしまう。
家は生き物だ、使わなければどんどん傷んでいってしまう。
それは百年前の建物でも先月建てた建物でも一緒だ。
その事を肝に銘じている私は、できる限りこのモデルハウスを綺麗に維持しようと、こうやって一番に出社し、点検もかねて清掃をしているのだ。
商談に使うリビングルームの清掃がひと段落し、そろそろ他の社員が出社してくる時間かなと思っていると、スマホの着信音が響く。
ん?この番号は…。
「もしもし…。」
『おはようございます!伊藤です!朝早くからすいません!』
「おはようございます。どうされました?」
『桧野上さんはもうモデルハウスに着いてます!?さっき連絡があって、今日のリフォームイベントのスタッフが全員倒れたみたいなんです!』
「ええ?全員?」
『はい!1日目の打ち上げで食べた夕飯に全員当たったみたいで…。』
「なんてこった…。」
現場の住宅展示場と同じく、営業の人間は休日のイベント出展が主だった仕事だ。
それなのに、スタッフが全滅だなんて…。
『とりあえず、私も何人か事務所から連れて行くんで、モデルルームからも人手を何人かよこしてもらえませんか?』
「わかりました。まだ出勤してない人もいるので、直接そちらに向かってもらいます。」
『助かります!ありがとうございます!!』
そこで、通話は切れた。私は急いで今日のスケジュール板を確認し、商談の予定のない社員をイベント会場へ送ることにする。
(予定がないのは・・・佐伯と井上さん・・・それに・・・。)
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「助かります!ありがとうございます!」
私はお礼を言って通話を切る。
「はわわわ!!朝から桧野上さんとお話ししちゃったよ!!耳元にまだ声の余韻が残っちゃってるーーー!!よっし!がんばるぞー!!」
私は突然舞い込んだ幸運に心を躍らせ、喜び勇んで車をイベント会場まで走らせた―――。
「―――ダックン休憩どうぞー。」
ブースの女の子から声がかかる。
「やっと…休憩…。思っていたよりも数倍…キツイ…。」
私はダックンの衣装の中で呟いた。
会場に付き、他の社員に指示を出し終えたとき、会社のイメージキャラクターのダックンのキグルミを着る人間がいないことに気づいた。
155cmの身長制限があるのだ。
170はある男性陣は絶対に無理だし、女性陣も私より背が高かったため消去法で私が着るしかない状況になってしまった。
(最初だけね、子供たちが可愛いのは。)
午前中は、次から次に押し寄せる子供たちの握手と写真撮影にてんてこ舞いだった。
キグルミの中は午前中だけで、Tシャツが肌に張り付くくらい汗をかいてしまっている。
(とりあえず、控え室で着替えてこよ。他に誰か休憩してるでしょ。)
「失礼しまーす。」
控え室の扉をあける。
「おー!ダックン!おつかれさま!」
(えええええっっっ!?桧野上さん!!)
控え室には桧野上さんがいた。
(そりゃ、誰か人を寄こしてくれとは言ったけど、管理職の本人が来る!?)
着替える予定だったけど、今はムリだ。
私のキグルミの中の姿は白のスタッフTシャツに、下は動きやすいようにパンツ1枚…。
汗だくでメイクもほとんど落ちているだろう。
今、ダックンを脱げばその姿を彼の前に晒すことになるのだ。
(ムリムリムリムリムリ!!こんな姿、絶対に見せられない!!)
私は回れ右をして控え室を出ようとした。
「ささ…空いてるから私の隣に座りなさい。」
身体が無意識のうちに桧野上さんの隣という言葉に反応し、一瞬で隣に座る。
(ああ…桧野上さんと並んで座れるなんて、夢みたい…。)
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