出会い頭にすれ違い、交差しているのにぶつかる (Page 8)

 重い足取りのまま事務所の扉を開く。どういうわけか、朝から体が思うように動かない。
 
 妻からも今日は休んだら?と心配される始末だ。こんなことは、娘の運動会に参加したとき以来じゃないだろうか…。
 
「桧野上さーーーん!!」

 キラびやかな声が聞こえてきたかと思うと、自分の右腕に柔らかな感触がぶつかってきた。

「!?!?!?」

 伊藤さんが私の腕を取り、胸をベッタリと恋人の様に押し付けてくる…。新手の嫌がらせか??他の人に見られたら…。

「おはようございます!」

「あ…ああ…おはよう…ごさいま…す?」

「ふふふ。身構えなくても大丈夫ですよー。昨日のことは、2人だけの秘密にしておきますから!うふふふふ!!」

「昨日のこと…?」

 私は、昨日のダックンを控え室に送ってからの記憶がすっぽりと抜け落ちている。
 
 目が覚めたときには、伊藤さんが控え室で寝ている私を横で介抱しており、彼女の運転する車で事務所まで帰ってきた。
 
(私が気を失っている間に何があったのだろう…?何かとんでもない弱みを握られたような気がする。)

 とろけた笑顔を出している彼女の機嫌の良さはそれが原因かもしれない。

 出会った時からずっとすれ違っていた伊藤さんとの関係。

 それが昨日の記憶のない時間の一瞬で交差してしまったのかもしれない。

 鼻唄を歌いながら私の横に立つ彼女の姿に一抹の不安を感じずにはいられなかった。

(了)

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