不出来な器 (Page 5)
「おぉい、帰ったぞ」
家の奥に向かって老人が声をかけると、奥から作務衣姿の若い女性が姿を現す。唖然としている竹彦と紗智に向かって、老人は事も無げに言う。
「今、うちで面倒見てる。学生だってのに物好きなこった」
「楠先生おかえりなさい。そちらの方は?」
「ガキの頃からうちに出入りしてる奴らだ。茶はいらねえぞ」
「まあ、畏まってする話でもるねえな」
そう言うなり竹彦と老人は上がり框に腰を下ろした。唖然とした様子の女性二人が見ている中で話を進める。
「今度、紗智が新しく店をやるんだとよ。それで器を誂えてほしいだ。まあ、数やら細かいことは本人と決めてくれ」
「ほう、そいつは目出度いじゃねえか」
「ひとつ相談なんだが、お弟子さんってのはどのぐらいできるんだ?」
「話が見えねえな。はっきり言いな」
「じいさんのとこの弟子に作らせてみねえか? 悪い相話じゃねえだろ。その代わりちょっとまけてくれ」
「案外回りくどいことをするな、タケよ」
「商売だからな、一応」
面倒くさげに竹彦は頭を掻いた。その様子をじっと見ていた老人は、ふんと鼻を鳴らし、作務衣姿の女性を手招く。
「お前さんに全部任せる。売りもん作るってのは簡単じゃねえぞ。お嬢ちゃんと奥で相談しな」
「……いいんですか?」
作務衣姿の女性は真剣な目付きで老人を見返す。
「自分の窯を持つにしろ、なんにしろ作ってみなきゃ分かんねえだろ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる作務衣姿の女性を鬱陶しそうに老人は手を払う。
「ぼさっとしてねえで、さっさとお嬢ちゃんと奥で相談してこい」
紗智は作務衣姿の女性に案内され、家の奥に入っていく。女性二人の姿が見えなくなって、しばらく竹彦と老人は開け放たれた玄関から外を無言で眺めていた。竹彦にとって子どもの頃から何度も訪れ、見慣れた景色だ。見慣れた色濃い緑と遠く離れた自らの住む町。
「……随分、お嬢ちゃんの肩を持つじゃねえか」
「そうか? まあ、商売だからな」
「最近は顔を見せねえから、店を継ぐ気になったのかと思ってたんだがな」
「弟が大学卒業して帰ってくるまでなんだよ、俺の仕事は。それに弟子がいるんなら、俺が遊びに来たら邪魔だろ?」
「ガキが一人いるぐらい邪魔にもなりゃしねえよ」
「もうガキじゃねえんだ。でけえ図体して居座ってるわけにもいかねえだろ」
「そうかい。まあ、気が向いたらいつでも来な。タケよ」
老人はそう言うなり竹彦の頭を乱暴に揺さぶって、それから家の外へ出ていった。作業場へ行ったのだ。
良い話でした。本番シーンに至るまでのストーリーがしっかり描かれていて、話の世界に入り込めました。じわじわ高まっていく二人の感情がリアルに伝わってきて最高です。
まるまる さん 2020年8月4日