故郷は君が待つ場所 (Page 4)
「僕の故郷はね、もうないんだ。別にダムの底に沈んだとか、そんな話じゃないんだけどね」
「じゃあ、どうして」
「とても簡単な話さ。高齢化と過疎。社会科で習わなかったかな? そういう話」
「習った、けど」
「僕の故郷はとても田舎だったからね。子どもも僕と、あと一人ぐらいしかいなかった」
生まれ育った土地がなくなってしまう。地図の上から名前が消え、誰もいなくなる。賢吾のように別の土地へ移り住んだ住人ばかりだ。だが、彼にとってはそれだけでのことではない。
「それに僕は家族もいないからね。本当に僕の故郷はなくなってしまったんだよ」
「でも!」
不意に瑠璃が声を荒げた。
「賢吾さんは、ここにいるじゃん」
「離れるよ」
賢吾はきっぱりと言った。
「うそ。なんで?」
「元々そのつもりだったんだ」
「聞いてない」
「言ってないからね」
賢吾は話が終わったと思い、立ち上がる。瑠璃を家まで送っていこうと思った。だが、瑠璃は俯いたまま、じっと動かない。
「ちゃんと、答えてもらってない」
「え?」
「私のこと、好き?」
瑠璃は立ち上がり、賢吾の手を捕まえて強い口調で問いただす。
「……好きだよ」
賢吾は穏やかに微笑んで言う。それで瑠璃が納得するであればよいと思った。まだ彼女は若い。もっと大人になった時、瑠璃がこんなこともあったと思い出にでもなればいい。
彼はそう思っていた。
しかし、賢吾が考えている以上に瑠璃は強情で真っ直ぐだった。
彼女はベンチから立ち上がると、彼の手を強く握り歩き出す。有無を言わさぬ力と強引さで持って、彼女は賢吾を引きずっていく。そして、賢吾が長年住んでいる安アパートに辿り着き、彼の部屋の前で動きを止める。
「カギ」
「鍵って、どうするの?」
「入るのっ! 早く!」
「はいはい」
賢吾は溜息をつき、鍵を開ける。すると瑠璃は賢吾の手を握ったまま、部屋の中にずかずかと踏み込んでいく。
真っ暗な部屋。普段から使っているベッドに瑠璃は彼を押し倒そうとする。だが、さすがに賢吾も踏み止まった。
お互いが繊細に大事に求めあう様に感動…
他の相手でも良いような題材では、気持ち良く読めませんが、益田氏作品は「その人だからこそ」で心に沁みます。男性向けではありますが、女体を大事にしている様も美しいです。
魚月 さん 2020年11月9日