初めてのひと (Page 2)

 唯々諾々と頷き、頓田は女性の――スミレの半歩後ろをついていく。
 これだけの美人と並んで歩く勇気が出なかったのだ。書き割りの背景らしく、目立たぬように息を潜める。
 
 交差点で人混みに紛れて信号が変わるのを待っていると、女性が頓田の耳元に唇を寄せた。
 
「私、この辺りにはあんまり詳しくないんです。どこか、落ち着けるお店はありますか?」

 ぎょっとして思わず仰け反った頓田をきょとんとした顔でスミレは見る。それからくすくすと笑んだ。
 やはり馬鹿にされているのだろうか、と頓田は考えながらも、顔にも口にも出さなかった。代わりに仕事で使うこともある喫茶店をスミレに紹介する。少々値は張るが、その分だけ静かで客層も上等だ。
 
 頓田の案内で喫茶店に入り、店員に奥まった席に案内してもらう。
 喫茶店には落ち着いたクラシックが流れており、若者が多い街の一角にあるとは思えない程に客の平均年齢が高い。頓田など、この中では若い部類だろう。
 
「いいお店ですね」

 席に落ち着いたスミレがそう言ってメニューに目を向ける。
 
「トントンさんのおすすめってあります?」

 セミロングの髪をちょっと耳にかけ、テーブルの上のメニューにスミレは目を落とした。
 その様子にぼぅっと見惚れていた頓田は慌てて口を開く。
 
「マンスリーブレンドがおすすめです。月ごとに豆の配合も変えた店のオリジナルブレンドが楽しめますし、このお店のスタンダートブレンドは癖が強いので苦手な人もいますから」

 すらすらと淀みない口調は、彼女に対しておどおどしていた男と同一人物とは思えない。
 
「へぇ」

 短く呟いてスミレは目を細める。口元には笑みを湛え、しっとりした視線を彼に向けていた。
 
「コーヒー、お好きなんですか?」
「えっ、まあ、なんと言いますか、習い性ですね」

 頓田は言葉を濁した。
 それというのも、SNSで知り合っただけの人物に自分の職業を正直に話す気にはなれなかったからだ。目の前の美人に心を揺さぶられてはいたが、それでも警戒心が胸の内にこびりついて離れない。
 
 そして、その猜疑心を一度自覚してしまうと、ワイシャツに零れたコーヒーのように瞬く間に染み込み胸中に広がっていく。
 
 こんな上手い話があるだろうか、と。
 自分のような冴えない男に、こんな美人が靡くなど、そんなことが。
 
 不特定多数が利用しているSNSで知り合った人物と実際に顔を合わせることは、現代社会においてあまりにもリスクが大き過ぎる。ましてや相手はかなりの美人だ。
 
 自分のような女性と付き合ったこともないような男とは違うのだと、頓田は皮肉に考える。
 スミレが興味を引くような事柄をSNSで発信しただろうか。頓田は記憶を探ったが、何も心当たりがない。仕事のことは一切出していないし、誰に聞かせるつもりもない愚痴を零している程度だ。
 
 

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