花陰に果実 (Page 7)
御岳は開け放った縁側で真っ暗な庭を眺めていた。
彼女の視線の先には一本の果樹がある。
ふと、思い立って彼女は庭へと素足のまま降り立つ。
そのまま庭を横切り、御岳は果樹の下へと辿り着いた。
見上げる果樹は細く、頼りない。だが、その枝には幾つかの果実が実っている。
手を伸ばし、御岳は果実をもぎ取った。彼女の掌にすっぽりと収まる小さな果実は、夜露に濡れている。Tシャツの裾で夜露を拭い、御岳はその果実を口にした。
「美味しいものでもないでしょうに」
果樹の根元に腰かけていた高尾が苦笑を声に滲ませつつ、そう言った。
「なかなかイケるけどね。あんたが良い肥料になってるんじゃない?」
「それはどうでしょうねぇ」
さらに苦笑を深め、高尾は自分の遺骸が埋まっている果樹の根元を見る。
「これ、見てみなよ」
ポケットから写真を取り出し、御岳は彼の足元に放った。
写真には高尾が抱いたあの女と見知らぬ男が映っている。写真の中の二人は幸せそうに笑っていた。
「ご家族、いや恋人ですか」
「そう。結婚間近の二人。男の方が事故で死んだんだとさ。女の方は後追い自殺」
「……なるほど。それで御岳さんにお鉢が回ってきた、と」
「そういうこと」
返事をして御岳が再び果実を口にする。果実が彼女の歯によって削られ、口の中へ消えていく。
「お祓いはやってないんだけどね」
あたしは掃除屋だし、と彼女は付け加えて種を地面に吐き出した。
果実の種から視線を外し、高尾は写真を検分する。裏側を見ると、撮影したらしい日付と覚え書きがあった。
×月××日 タカオさんと式場の下見の帰りに。
なるほど、と高尾は首肯する。
自分が名乗った時、あの女には婚約者が見えていたのだ。
高尾とタカオ。
同音の二人。
後を追って自死する程の執着だ。きっと目の前にタカオと名乗る相手が現れ、そうとしか見えなかったのだろう。
それが幸か不幸かは、高尾には判断ができない。だが、文句も言わずに消えたのだから、きっと満足したのだ。
高尾はとりあえずそう解釈しておくことにする。
写真を返そうと立ち上がった高尾は、御岳の泣き黒子につい目を奪われた。
「なに?」
目を眇め、御岳が言う。
「いいえ。なんでもありません」
あの女が先に死んだ婚約者の幻影を追っていたように、高尾もまた昔日の面影を追っていたのだ。
かつて自分が手放してしまった恋と、その面影が凝ったような生者の面を。
高尾の胸中に頓着せず、御岳は手についた果汁を舐め取っている。その淫靡なような、無邪気なような仕草から高尾は目を離せない。
屍を抱く果樹に実った果実。
自らの血肉を分けることどころか、触れることすら叶わぬというのに、なんという皮肉か。
花陰に実る果実は、人の味がするのだろうか。
高尾は微かな祈りすら込めて、自らの墓標を仰ぎ見た。
(了)
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