隠れてすること (Page 2)

 だが――
「誰にも言わないで」

 少し裏返った声で千鶴恵が言う。
 箸をぎゅっと握り締め、ついでに丼の端を持つ手に力が入り過ぎてスープに親指が侵入していた。そのことが気になって信晴の返事が遅れる。

「な、何でもするから」
 千鶴恵は箸と丼から手を離し、信晴の手を取った。脂っぽいスープがぬめりと彼の手の甲に着く。女の子に手を握られたのに、どうしてだか嬉しい気持ちが欠片もわかない。ラーメンの汁のせいだろうか。
 信晴は千鶴恵の手を優しく放し、彼女の目を見て請け負う。

「もちろん。誰にも言わない」
 その代わり、と信晴は付け足す。
 ごくりと千鶴恵は唾を飲んだ。

「こんなこと、もうやめた方が良いよ」
「分かった」
「分かってくれたら、それでいいんだ」

 肩の荷が下りた心地で信晴は小さく笑う。
 それからもう用は終わったと、信晴は食堂からそそくさと退散する。あんまり人気者と一緒にいて、派手な人達に目を付けられたくない。

 これで問題も解決したし、平穏な日常が戻る。
 信晴は暢気にそんなことを考えていた。

 しかし、翌日。
 信晴はメッセージアプリの着信通知で目を覚ました。寝惚け眼のまま、信晴はスマホをチェックして、ベッドからずり落ちてしまう。

「な、な、な、なんで」
 そこには下着姿の千鶴恵の画像が添付されていた。メッセージには、これでいい? と一言だけだ。

 謎過ぎる。どういうことだ。
 混乱しきりの信晴はとにかく画像を消去してしまう。それから何とか起き抜けの頭を酷使して会って話し合おうと返信する。

 身なりを整え、とりあえず信晴はファミレスで待ち合わせをする旨を送り付けた。
 ドリンクバーだけ先に二人分注文して待っていると、千鶴恵がやってくる。普段とあまり変わらないラフな服装だ。しかし、あの下着を今も身に着けているのかと考えると、下半身に血が集まってしまう。
 気づかれないように座る位置を調整し、信晴は話を始めた。

「あの、あれは、何?」
「あれって」
「さっき似鳥さんが送って来た、そのぉ、あの画像」
「やめろっていうのは、自分にだけ見せろっていう意味かと思って」
「いや、流石にそれはないよ」

 千鶴恵がどんな思考回路しているのか信晴は不思議でならない。

「ああいう、そのなんていうか、自分を安売りするようなことはやめた方が良いよ。似鳥さんは、そんなことしなくたって、あー、その充分魅力的だから」

 なんだか的外れなことを言っている気がしたが、一度口から出た言葉は戻らない。仕方なく、信晴は勢いに任せて言葉を接いだ。

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