鴨の味

・作

丸山穂波は、妹の結婚式のために久しぶりに地元を訪れ、そこで従兄弟の大塚龍二に再会した。就職して穂波が隣県で暮らすようになってから会っていなかったが、2人は若い頃に肉体関係を持っていた。結婚して子どももいる穂波だったが、龍二と会ってしまったら間違いが起きてしまうようで怖かった。案の定、披露宴が行われたホテルの部屋に誘われると、穂波は断りきれず、夫に嘘の連絡をして会いに行ってしまうのだった…

「そうなの…うん、叔父さんたちが盛り上がっちゃって…ごめんね…そう、部屋は沙織が取ってくれて…うん、明日できるだけ早く帰るから…ありがとう、また明日連絡するね」

結婚式場を備えた、地元では割と大きなホテルのエレベーターホールで、夫との通話を終えた丸山穂波はぐっと下唇を噛んでエレベーターの呼び出しボタンを押した。

「8階、806号室」

スマホの画面を見ながらぼそっと呟いた声は震えている。
それは罪悪感を吹き飛ばしてしまうほどの強い期待があるためだと、穂波は認めたくなかった。
しかしどんなにいけないことだと分かっていても、意志の力では抑え込めない欲望が呼び覚まされてしまったのだということを、実のところ穂波は気づいているのだった。

その日穂波は、歳の離れた妹の結婚式に出席するために久しぶりに地元を訪れていた。
大学を出てから地元を離れていた穂波だが、それでも隣県で就職、結婚をして暮らしていたため今日は日帰りするつもりだった。

駅のそばにあるホテルは地元では古くから親しまれた立派なホテルで、妹の沙織の結婚式はそこで行われた。
近頃の若いカップルにしては招待客も多く、華やかな披露宴だった。
その中心で輝く妹の笑顔に自分も思わず顔を綻ばせながら、しかし親族一同が集まる場所に来ることへの抵抗も穂波にはあった。
それは、従兄弟の大塚龍二に会うかもしれない、それはできれば避けていたいという思いがあったからだ。
龍二が現在は遠く南の方で働いているという話だけ聞いていた穂波は、彼が今回の披露宴に来ないという可能性もあると思っていたが、結局その淡い期待は打ち壊された。

新婦の親族が座るテーブル、つまり穂波がいるテーブルの隣のテーブルに、新婦から見ても従兄弟である龍二の姿はあった。

「おめでとうございまーす」

龍二がこちらのテーブルに酒を持ってへらへらと挨拶に来た時、穂波はどうしても身体をこわばらせずにいられなかった。
自分と龍二の間にあった関係を、この場の誰かに悟られてしまわないように、必死だった。
しかしそれなのに、披露宴の間中少し離れたところにいる龍二を、穂波は気づけば目で追っていた。
龍二の姿を目にすると、自分の中で底の方に押し隠していた欲望がふつふつと湧いてくるのを感じてしまう。
いけないと思うのに、穂波の目は龍二を追い、そして龍二も穂波の方を見るので何度も目が合った。
目を合わせているだけで、穂波は子宮が疼くのを感じていた。
龍二が結婚したという話は聞かないが、穂波は結婚してもう7年になる。子どもも2人産んだ。
絶対に間違いを犯してはならないと、頭ではわかっている。
しかし過去の強烈な記憶が、穂波の身体をもう一度呼び覚まそうとしているのだった。

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