千夜よりも永く君思ふ (Page 2)
社の格子戸の向こうへは月の光も届かず、濃厚な闇がずしりと横たわっている。手を伸ばし、その格子戸を開けさえすれば社の中へ入ることができるだろう。だが、千夜はここにきて怖気づいていた。目の前の闇にではない。もしも清史郎が闇に呑まれていたらと。埒もない妄想に囚われ、怯えていた。
「千夜さん」
名を呼ばれ、伏せていた目を上げる。
ゆっくりと格子戸が開かれた。書生風の衣装に身を包んだ、精悍な顔立ちの青年が静かに姿を現す。その様は闇の中から浮上するかのようで、千夜はこの世ならざるものを見た心地になってしまう。
「申し訳ありません」
「お顔を上げてください」
深々と首を垂れた清史郎に千夜が言う。だが、彼は頭を下げたままだ。
「俺は貴女に夫がいると分かっていながら」
「わたくしも同じ気持ちです。清史郎様」
「いいえ、貴女は俺のような悪漢に、下衆に騙されているのです。だから、もう――」
「なら、わたくしも同じ。下衆です」
千夜は清史郎の頬を両手で包む。掌を通して彼の体温が千夜の体の芯を温めるような心地になった。それは感じたことのないような幸福であった。
暗がりに取り残された子どものような面持ちで清史郎が千夜を見る。寂しげで、不安げで、それなのに強がって一人きりで立ち尽くしている。そんな自らの鏡写しのような面を千夜は優しく撫でた。
「俺は貴女を――」
そっと千夜は目を閉じる。
言葉を連ねようとは思えなかった。
そんな彼女の唇をそっと奪う感触が訪れる。互いの口唇を啄み、吐息を交換する。
不意に強く抱き寄せられた。強引ななりふり構わぬ抱擁に千夜は体の芯が燃えるような感覚を得る。その火は瞬く間もなく広がり、千夜の全身を焼く。
「清史郎様」
千夜の囁きを食うように再び唇が塞がれた。今度は清史郎の舌が口内を舐る。感じたことのない感触が脳髄まで駆け上がった。夢中になって千夜は清史郎と舌を絡ませる。そして、その未知の感触が快感であると知った。
「はぁっ」
着物の袂を割り、清史郎の大きな手が千夜の太腿の内側を撫ぜる。その途端に嬌声が上がった。それが自分の口から溢れたものだとは一瞬分からなかったが、それは確かに千夜のものであった。
堰を切ったように一度溢れ出たものは止まらない。
「ああっ、ひぃ、……くふぅ」
愛撫する手が次第に大胆になり、ついに千夜の秘所に到達した。しとどに濡れた秘裂を指先でなぞられ、千夜は軽く達してしまう。その拍子に足の力が抜け、清史郎の逞しい腕によって抱えられた。
「奥へ行きましょう」
こっくりと千夜は頷き、清史郎の胸板に頭を預けた。
彼は千夜を横抱きにし、社の奥へと運んだ。中には何もない。板張り空間があるばかりで、灯りのひとつすら見当たらなかった。
そのまま押し倒されるかと千夜は身構えたが意に反し、清史郎は自分の着ている物を脱ぎ、それを床に敷いた。
「お召し物が汚れると困りますから」
清史郎はそう言って、千夜をその上へと横たえた。千夜も彼の所作に思わず初夜のように緊張で身を固くしてしまう。だが、今回は本当の初夜とは違う。恐れと諦念で塗り潰されるような心地にはならなかった。
首筋からゆるやかに清史郎の唇が下へと降りてゆく。
あまり声を上げたらいやらしい女だと思われないだろうか。そんなふうに千夜は心配してしまうほど、清史郎の唇が触れたところが熱く、感じたことがない快楽となって千夜を戸惑わせた。
千夜よりも永く君思ふ
ぜひ、読むべきです。
紳士 さん 2020年12月16日