胸の花が綻ぶと (Page 4)

「手伝いましょうか、選ぶの」

 ピアスの代金を払いながら、藤馬はさり気ない風を装って言う。顔には変わらない軽薄な笑みを張り付けて。

 汐里は少し悩んでから、首を横に振った。

「自分で選ぶ。大切な人に贈りたいから」

 真剣な眼差しを向けられ、藤馬は笑みを深める。

「そっすか。じゃあ、頑張って」

 小さく手を振って藤馬は汐里と別れた。

 買ったばかりのビアスを上着のポケットに放り込み、空っぽの手も一緒に突っ込んだ。泣きたくなるものだと思っていたけれど、心がかさかさに乾いて涙は出なかった。

 街にいる理由も思いつかず、藤馬は真っすぐ帰宅する。

 かさついた心のままでも時間は彼のことなどお構いなしで、日常という名前の代物が目の前を次々と通り過ぎていく。

 一人でいても、二人でいても、きっと腹は空く。日は昇るし、月は沈む。朝は嫌でも来るし、夜は明けてしまう。

 皮肉なことに乾いてしまった藤馬の心を一時でも潤してくれたのは、読書だった。汐里と出会ってから話を合わせるためだけに読んでいた本が、彼の空虚な時間を埋めている。

 気づけば空いた時間に本を読むようになっていた。けれど、その時間と読書体験を共有できる相手は、どこにもいない。

 一時だけ潤った心はすぐに乾いてしまう。ひび割れた地面に水が吸い込まれて消えるように藤馬の心はすぐに乾いてしまう。するとまた藤馬は手元に本を引き寄せることになる。酒を飲んでも、女性を抱いても乾きは癒えない。

 そうして過ごしているうちに小さな本棚から本が溢れ、床で少しずつ塔を築きだした。

 その小さな塔に読み終わった本を載せ、藤馬は未読の本が手元になくなってしまったことに気付いた。仕方なく藤馬は出かけることにする。

 通い慣れた書店で書籍を見繕い、外に出たときにはすでに日が暮れていた。夕食を準備するのが面倒になった藤馬は、適当な場所で食事をすることに決める。

 入れる店を探してたらたら歩いていると、気づけば大通りから外れた道を歩いていた。そこが最後に汐里と会った通りだと気づく。さりとてわざわざ引き返す気分にもなれず、どちらかといえば投げやりになって藤馬は足を進めた。そうしていると、小さなカフェが目についた。中にはあまり人の姿はなく、落ち着いて食事ができるかもしれないと期待した。

 彼の期待が裏切られることはなく、店内は静かで軽食も出るようだったので、彼は少し腰を落ち着けることにする。

 買ったばかりの本を開き、ゆっくりとページを藤馬は捲ってく。本に集中し、次第に周囲の物音が遠のいていった。

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