胸の花が綻ぶと (Page 5)
ふと人の気配感じ、藤馬は顔を上げる。注文したものが手元に来たのだと思ったのだ。
「は?」
だが、藤馬の予想に反し、そこにいたのは汐里だった。
「久しぶり」
汐里は仕事帰りらしくスーツ姿で、いつも使っているバッグを携えている。
「ここ、いい?」
「あ、え、うん。どうぞ」
驚いている彼を尻目に汐里は隣の席に腰を下ろした。
本を閉じ、何を言ったものかと藤馬は悩む。すると汐里は鞄からシックな色合いの包みを取り出した。
「あの、よかったら、これ」
もごもごと汐里は口の中で言ってから、藤馬に差し出す。
彼女が差し出したのは不器用にラッピングされた細長い代物だった。おずおずと藤馬はそれを受け取る。
「えっと、開けていいっすか?」
こくん、と汐里が頷くのを見てから藤馬は包みを慎重に開けた。中には花弁を象ったペンダントが入っていた。
「これ」
「藤馬君に渡したいと思って」
「貰って、いいんすか」
「うん」
呆然と彼がペンダントを見ていると、汐里は立ち上がってしまう。
「じゃあ、私は帰るから」
「待ってよ」
思わず藤馬は立ち去ろうとする汐里の手を掴んでいた。温かい。最初に感じたのはそんなことだった。
「もうちょい、話さない?」
ぎこちなく笑い、藤馬はようようそれだけ口にする。
二人揃って前だけ見て席に座り、相手の出方を窺っていると藤馬の注文したものが運ばれてきた。
藤馬は店員にコーヒーを追加で注文し、話のきっかけを探す。当たり障りのない内容を探したが、口から飛び出したのは胸に刺さったままだった棘だった。
「あの人にあげなくていいんすか、これ」
「あの人?」
「ほら、図書館で一緒に働いてるっぽいカッコイイおじさん」
きょとんとしていた汐里は、しばらく考え込んでから訝しげに言った。
「叔父のこと?」
「そう、おじさん」
「あの人は既婚者よ。それに親戚」
「親戚なの?」
「そうよ。小さい頃から可愛がってもらったけど……」
それがどうしたの、と言われて藤馬は脱力するやら恥ずかしいやら。感情がぐるぐると頭の中で渦巻いて、どうにもならない。
「あの人はね、私が就職に失敗したとき、あの図書館で働かないかって声をかけてくれたの」
「そうなんすね」
「そうよ。昔から人付き合いがだめで、本ばっかり読んで。何にもできない私を助けてくれた。でも、親戚じゃなかったら、絶対に雇わないでしょうね」
最後には汐里は自嘲を浮かべて藤馬を見た。初めて見た表情だった。投げやりで荒んだ気配が漂っている。
「ごめんなさい。それ、やっぱり」
「返さないっす」
「優しいのね、ほんとに。でも……」
「あー、オレ首周り寂しかったんすよねー」
ひょいっと藤馬は贈られたペンダントを首から下げた。指先で花弁のモチーフに触れる。決して咲くことのない金属の花弁。けれど藤馬の乾いた心を土壌に芽吹いたものは、花を咲かせようとしている。
花開いた感情に藤馬は素直に従うことにした。もう、迷う必要などあるものか。
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