日常の転落

・作

いつもの見慣れた道を歩いていると、自分の足音とは別の誰かのものが聞こえてきた。きっと気のせいよ。そんな風に言い聞かせながらも恐怖はぬぐいきれない。いつもの日々が続くと思っていたのに、どうして私がこんな目に遭わなくてはいけなかったのだろう―――

仕事が終わって、いつものように見慣れた道を歩いている。
時刻は夜の8時を過ぎようとしていた。
この時間帯、家に続くこの道は人通りが少なくなるため、いつも足早に通りすぎている。

コツコツ

ヒールのたてる音が夜道にひっそりと響いている。
この辺りは昼間でも人通りが少ないが、夜はさらに静かだ。
歩いていると、自然と聴覚が鋭くなるようなそんな気がする。

コツコツ

スタスタ

コツコツ

スタスタ

ん?

後ろを振り返る。
暗い夜道にポツポツと電灯と電信柱が並んでいるが、それ以外に変化はない。

まさかね。

きを取り直してもう一度歩き始める。

コツコツ

スタスタ

………………気のせいじゃない?

背筋にヒヤリと冷たいものが通りすぎる。
後ろを振り返る。すると何かが電信柱の影に隠れたように見えた。
頭の先から血の気が降りる音がして、そこから先は無我夢中で家まで走った。
一息つけたのは玄関の扉を開けて、ガチャリと鍵をかけてからだった。

*****

「えっそれヤバくないですか?完全ストーカーですよ!」

「やっぱりそうなのかなあ…」 

翌朝の昼下がり。
仕事場が休憩に入ったタイミングで、昨日の出来事を後輩のルミに話していた。

「最近家の中のものがなくなったり、外に干していた下着がなくなったりしてませんか?」

「え、別にそんなことはなかったけど」

「ストーカーって怖いですからね、ぼんやりしてると襲われちゃいますよ」

「まさか」

ルミの話は冗談半分に聞き流していた。
そもそもストーカーってこと自体気のせいかもしれないし。
考えたくないことからは自然と現実逃避してしまうのは悪い癖だ。
そして大抵あとから後悔する。

*****

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