終電のカップル

・作

池田莉子と同期の川村陽平は、入社以来仲のいい友人関係を続けていた。同期の仲間での飲み会当日に残業を命じられて参加できなくなった莉子を手伝いに来た陽平。2人は遅くまで作業をして終電で一緒に帰ることになった。割と空いた車内で並んで座った2人の向かいに見えたのは、1組の若いカップルだった。人目を憚らずいちゃいちゃと絡み合って車内でキスをするカップルを見ていると、2人とも互いへの欲望が増してしまい…

「本当にあの部長、いつかまじでぶっ殺す!」

「ふははっ、物騒だな」

終電を待つ駅のホームで、ぷりぷり怒っている池田莉子を川村陽平はにこやかに宥めていた。

「なんにもわかってないんだよ、現場のことがさ!」

「うんうん…どこもそうだよな」

同じ会社に同期入社した莉子と陽平は、最初の研修の時に仲良くなった。
気が合う他の同期と一緒に10人前後のメンバーで定期的に飲み会をしては仕事の愚痴をこぼし合う。
入社から6年が経って、それぞれに少しずつ責任のある仕事を任されるようになってきても友情が続いている関係を莉子は嬉しく思っている。

今夜もそんな同期飲み会の予定が入っていたのだが、急に残業を命じられた莉子は参加できなくなった。
半泣きで欠席する旨を連絡したのが陽平で、グループメッセージの中に一言残せばいいだけなのに陽平に直接電話したのは、莉子の中になにか陽平を頼りにする気持ちがあったからかもしれない。

陽平は莉子からの電話を受けた時すでに会社を出ていたが、何か考えるより先に身体が動き、会社に戻った。
2人の欠席を今回の幹事に連絡すると残念がられたが、仕事のために急に参加できない人が出るのは割とよくあることだったし構わないと陽平は思った。

莉子の所属する広報部に入ると、彼女はひとりで残って作業していた。
一生懸命に頑張る彼女を見て胸がキュッと締め付けられるような気持ちになる。
それは、陽平が実は6年前から抱いていた感情だった。

「いやー、でも陽平が来てくれなかったら、終電にも乗れてなかったってことじゃん?本当に助かったよ」

「命令無視して、放って帰ってもいいくらいの量だったけどな」

「確かに!丸投げすれば完了してると思われるのは本当癪だよ…でも陽平がそんなこと言うの珍しいね」

「少なからず俺もムカついてるんだよ、お前んとこの部長さんに」

「ふふふ、ありがとう…今度奢るからね」

「お、じゃぁ肉だな」

「肉かー、だったら食べ放題くらいにしてよね」

「了解、楽しみにしてるわ」

その時、最終電車がホームに滑り込んできた。
2人の最寄駅は3駅離れているが、方向は同じだった。

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