終電のカップル (Page 3)

陽平と莉子は互いに仲のいい友人で、同期だ。
しかし莉子は、陽平を単純に友人としてだけでなく異性としても魅力的だと思っていた。
そして陽平が自分を友人として見ていながら同時に性的な目で見ていることも莉子はわかっていた。
陽平の方でもそれは同じことだった。
自分も相手も互いを異性として意識しているとわかっている。わかっているが、そのことについて話したことはない。
友人関係を崩してまでセックスすることがメリットになると思えるほど浅い付き合いではなかった。

普段はうまく友人関係を築いているしそのことに不満はないが、ふとした拍子にバランスが崩れてそういう関係に至ってしまうような空気が漂ったことはこれまでに3度くらいあった。
互いに「そうなってもいい」と思っていることを、互いに「わかって」いる2人にとってこの目の前のカップルは、ほとんど起爆剤と言って良い存在になってしまった。

あのカップルについて、何か話した方がいいのか、しかしひそひそと言葉を交わすことも憚られるような距離感の場所にそのカップルはいた。
車内の他の乗客も彼らをそれとなく見ているものの、それによって車内全体がざわついているという訳ではなかった。

「…あのさ」

2人の間の沈黙を破ったのは、陽平だった。
あと2駅で陽平が降りる駅、その3駅先が莉子の最寄駅だ。

「うん」

莉子は緊張した。

「うち…寄ってく?」

陽平の誘いはシンプルだった。
字面だけならどうとでも受け取れるくらい。
しかし莉子にはその意味がわかったし、そのことに興奮もした。

「…うん」

陽平は正直なところ少し怯えていた。
だから誘いの意味を問われたら適当に誤魔化す言葉もいくつも用意していた。
2人の間に性的な空気が流れたとき、いつもそうして茶化してきたように。

しかし莉子もまたシンプルな言葉で了承した。
それが何を受け入れる言葉なのか、陽平にもはっきりとわかった。

陽平が降りる駅まであと2分ほど。
眼前のカップルは男の方がついに女の尻に手を伸ばして撫で回し始めていた。
2人はそのカップルをちらちらと見ながら、それぞれに互いへの欲望を高めていったのだった。

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