次はあなたがシャッターを

・作

絵画教室を営む暁紀(あき)はある日、奈央(なお)というかつての教え子から、自分が過去に撮った写真データ入りのSDカードを渡される。その写真を見た暁紀の中に忘れたはずの淫靡な感情が甦った。自分を慰め、なんとか淫欲を収めようとするが……。

市営の多目的ホールを出た所で、暁紀(あき)は足を止めた。

 バッグの中に入れていたスマホが着信音を鳴らしたからである。
 スマホをチェックすると夫からの連絡だった。夕飯の支度をした、という内容で、自慢げに料理を盛り付けた写真が添付されている。
 それに苦笑した暁紀は、ありがとう、と短く返信し、スマホをバッグにしまう。

「あの」

 声をかけられ、再び歩き出そうとした彼女の足を止めた。振り返ると、線の細い中性的な青年が不安そうな面持ちで暁紀から数歩離れた位置に立っている。

「なにか?」
 訊ねた彼女に、青年は歩み寄り小さなプラスチックのケースを差し出した。
「あ、あまり中は見てません。一応、先生も中を確認して、それからデータを消して、できればSDカードも物理的に壊してから、捨ててください」
 そんなことを早口に捲し立てた青年は、顔を伏せたまま暁紀の手にプラスチックケースを強引に握らせ、足早に立ち去ってしまう。

 明らかに怪しい。

 しかも彼の言動から察するに、このケースの中身はSDカード。迂闊にパソコンなどで飼並みを確認しようとすれば、何かしらのトラブルに巻き込まれる心配も大いにある。

 だが、暁紀は見ようか、それとも見まいか、と考えが揺らいでいた。
 それというのも、彼が暁紀を先生と呼んだからだった。

 暁紀はプラスチックケースから視線を上げ、青年が立ち去った方を見やる。夕暮れの歩道にはぱらぱらと人が歩いているが、青年の後ろ姿はない。
 小さく溜息を吐き、暁紀は青年が去った方とは反対に向かって歩き出した。

 念のため用心して、いつもとは違う道順で帰宅すると、いつもと変わらない様子の夫が暁紀を迎えてくれる。
 翌日が休日だからか、夫は頑張って作った料理にワインなど合わせてご機嫌だ。それに付き合って安いワインを一緒に飲んでいると、先に夫の方がダウンしてしまう。

 酒好きのくせに、暁紀の夫は酒に弱い。酒乱というわけではなく、酔うと早々に顔を赤くして、眠り込んでしまう。そして、そのまま朝までぐっすりという有様なのだ。
 夫を寝かしつけたベッドから離れ、暁紀はリビングに戻る。彼女の方は酒に強く、夫よりも杯を重ねていたが顔色一つ変えていない。

 リビングに戻った暁紀は、少し迷ってからバッグの中に入れっぱなしにしていたSDカードを取り出す。不愛想なプラスチックケースを開け、中身を取り出す。市販されているありきたりなSDカードだが、保存状態が悪かったのかラベルの端が破れていた。

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