ツキイチのお楽しみ

・作

管理されていない温泉――野湯を楽しむ恭弥(きょうや)と一花(いちか)。二人は月に一度、誰も来ないこの場所でツキイチのお楽しみに耽るのだった。

この世界には野湯というものがある。
 施設などで管理されず、自然に湧き出した温泉のことをそう呼ぶ。
 
 日本には無数の温泉があり、また野湯も豊富に存在している。だが、管理されていないため、温度が適切でなかったり、あるいは危険な火山性ガスが充満していたり、はたまた水質が入浴に適さないものだったりと様々だ。
 
 だからこそ安全に入浴できる野湯は貴重である。しかも誰にも邪魔されない穴場ともなれば、猶更だ。
 そんな野湯の一つを恭弥(きょうや)は訪れていた。
 
 山中のとある廃村。
 そこからほど近い川に恭弥が見つけた野湯はある。川の水を引き入れ、河原の一角を石で区切って露天風呂にしていた。
 
 町の喧騒を忘れ、誰に憚ることなく自然に身を任せて過ごすこと。
 それこそが恭弥の最大のリフレッシュ方法であり、趣味であった。この野湯を見つけるまではあちこち探索していたが、今ではこの場所に月に一度必ず訪れている。他の場所に行く予定は今のところはない。
 
 しかも恭弥は廃村に残っていた家屋へ勝手に手を入れて再利用している。囲炉裏や火鉢が、そっくりそのまま残っており、雪に降られた時などには大変重宝していた。
 
「恭弥さん」
 背後から声をかけられ、土手の上から河原を見下ろしていた恭弥は顔だけで振り返った。
 彼が振り返った先には登山ウェアを着込んだ若い娘がいる。キャップの下の顔には爽やかな笑みが浮かんでいた。清潔感がある綺麗な娘だ。
 
 恭弥がこの場所にこだわる理由の一つが彼女の存在である。一花(いちか)という名前の、この明るい娘との月に一度会うのが密かな楽しみなのだ。
「もう入るか?」
「はい」

 一花に声をかけ、恭弥は拠点にしている民家へと足を向けた。一花も着いてくる。民家に到着した恭弥は荷物から野湯に入るために必要な道具一式を纏めたドライバッグを取り出した。一花も同じようにドライバッグを持っている。
 
 先程と同じ道を逆に辿り、二人は河原まで下りていく。そして湯気で白く濁った川縁で水着に着替えてしまう。水着に着替えたのは、河原の石などから身を守るためだ。野湯は整備された温泉ではないので、自分の身は自分で守るしかない。
 
 恭弥は温度計をそっと野湯に入れる。
「よし、大丈夫そうだな」
 安全な温度であることを確かめてから二人は、野湯に慎重に体を入れた。
 

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