ツキイチのお楽しみ (Page 2)

 最初に感じたのはお湯の熱さだ。じんわりと足先から熱が上がってくる。川底に足をつけると丸い石の感触があった。水質は綺麗だが、流石に足を入れると川底の砂が舞い上がり茶色く濁る。
 
 ゆっくりと恭弥はお湯の中へと腰を下ろしていく。足先だった熱が体の方々へと広がり、寒さに強張った所が解れていった。
「はぁぁぁ……」
 恭弥は思わず声を零す。
 
 隣を見れば一花が目を細めて湯に首まで浸かっていた。
 長く浸かるには少しばかり熱いが、それでも山道を歩き、寒さに疲れた体が端からお湯に溶けてしまいそうな心地良さだ。二度とお湯から出られないのではと思うほど心地良い。
 
 お湯から出たり入ったりを繰り返し、二人は野湯を堪能する。管理された温泉施設では味わえない野趣溢れる景観と、他に誰もいない解放感にゆったりと羽を伸ばす。
 だが、のんびりした入浴時間は、不意に終わりを告げる。
 
「雪」
 一花が鼻先に舞い降りてきた薄片を見て、楽しそうに言う。
 
 雪の中で堪能する温泉もいいが、それは管理された露天風呂での話だ。野湯は天候の変化に合わせて、さっさと撤収しなくてはならない。真夏ならともかく、寒い季節に雪の中で裸でいる訳にはいかないのだ。
 二人はさっと体を拭き、水着を脱いで元々着ていた服装に戻る。
 
 荷物を持って拠点にしている民家へと駆け足で戻った。その間にも雪は強さを増し、見る見るうちに視界を白くしていく。
 
「かなり降って来たな。アイゼンとかも持ってきたか?」
 恭弥の問いかけに一花はこくりと頷いた。目はじっと雪を見ている。その眼差しは深刻そうなものではなく、どちらかといえば楽しげであった。
 
「冷えそうですね」
「そうだな」
 こっそりと溜息を吐き、恭弥は返事をする。楽しそうな一花とは対照的に寒さが身に染みていた。せっかく野湯で暖まったというのに、風邪を引いてしまいそうだ。
 
 恭弥は擦り硝子が嵌った玄関の引き戸をガタガタと鳴らしながら締め切る。玄関は土間になっており、かなり広い。その広い土間を全て照らすには、擦り硝子越しの外光では足りず薄暗かった。
 
 土間の隅に置いてあった大型の登山用ザックから、恭弥はヘッドランプを取り出す。それを頭に装着し、土足のままで上がり框へと足を上げる。
 
 二人はそれぞれの荷物を持って屋内を歩いていく。
 家の中心部にあたる板張りの部屋には囲炉裏が切ってあり、火鉢も置いてあった。部屋の隅には炭が入った籠と恭弥が事前に集めておいた薪が積まれている。
 

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