ツキイチのお楽しみ (Page 3)

「一花、俺が火を熾しておくから、家中の戸を閉めてきてくれ」
「分かりました」
 ザックから火熾しの道具を取り出し、恭弥は素早く薪へと移す。小さな薪から次第に大きな薪へとくべるサイズを変えていく。火がある程度安定したところで、炭を幾つか入れていった。炭は火持ちが良いが、火を点けるのに苦労する。
 
 本当は別の場所で火を入れた炭を持ってくる方が良いのだが、背に腹は代えられない。さっさと暖を取りたかった。
 
 火を安定させた恭弥がザックの中から食料や調理器具、尻の下に敷くマットなど出していると一花が戻ってくる。
 
「吹雪いてきたみたいです」
「そうか。まあ、大丈夫だろう。長居するつもりだったから食料もたっぷり持ってきたし、燃料もある」
 ぽん、と自分のザックを叩き恭弥は強いて軽く言う。嘘は言っていないし、何より不安そうな一花を安心させてやりたかった。
 
「そうですよね」
 彼の目論見通りほっとした様子で一花が笑う。
 恭弥と同じように自分のザックから荷物を取り出して、一花は彼の隣に腰を落ち着けた。
 
 雨戸も閉ざしているので、電気の通ってない屋内は当然ながら暗い。囲炉裏の火とそれぞれが装備しているヘッドランプだけが光源だ。
 
 囲炉裏の傍で身を寄せ合って寒さをしのぎ、温かい食事を食べる。水道も通っていないが、持参した水があった。それも尽きれば雪を溶かして飲めばいい。
 屋根と壁があり、雪と風を防げる。それだけでもかなり有難い。しかも囲炉裏で暖も取れるし、温かい食事も可能だ。
 
様々な野湯に入り、テント泊を幾度も体験してきた恭弥だが、この場所は抜群の居心地である。
 それに、と内心で呟きつつ隣にいる一花へと手を伸ばす。
 ウェア越しに彼女の体温を感じる。
 
 火の温もりも有難いが、人肌の温もりは格別だ。
 そう思っているのは彼だけではないようで、一花も恭弥の手を握る。
 
 恭弥は強引な手付きで一花の顎を掴み、唇を合わせた。柔らかな感触を割って、自らの舌を相手の口腔へと侵入させた。温かい吐息と口内の体温を恭弥は貪る。
 
「んうっ、ふっ、はぁっ」
 歯列や歯茎を愛撫され、一花の価値の端から吐息と一緒に艶めいた声が零れた。彼女の手はしっかりと恭弥の背中に回されている。
 
「期待してたか?」
「はい。……でも、恭弥さんもですよね」
「まあな」

 月に一度だけ、二人はこの場所で体を重ねる。
 お互いにこの場所以外で会おうとは思わなかったし、話題にもしなかった。この棄てられた場所だけの関係だ。廃村の外での出来事は捨て去り、野湯に浸かり体を重ねる関係は非常に気楽である。
 

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