初心な初めての誘惑

・作

私、塚原風花は手芸店で働いているんだけど、人前で話すのがとっても苦手なんです。そんな私を支えてくれるいつも優しい藤生公成先輩。そんな先輩のことが前からずっと気になっていたの。だから、勇気を出してとうとう夜のお店に二人っきりになることができたわ。今夜は絶対に先輩と一線を越えてみせる。私の処女を捧げるのはあの人しかいないわ。

「じゃあ、今日は塚原さんの日だからよろしくね」

 ああ、またこの日がやってきた。
 藤生先輩の無慈悲な指名を受け、私はゆるゆると立ち上がった。
 私――塚原風花――が勤めている手芸店では、週に二回手芸教室が行われている。
 それだけなら構わない。

「人前に立つのは苦手かも知れないけれど、塚原さんの手芸はとても素敵だから、頑張って」

 いつも通りの良い声で、藤生先輩は私を励ましてくる。
 このお店で勤め始めて以来ずっとお世話になっている先輩からそこまで言われてしまっては、行くしかなかった。
 私は、小さく溜息を吐くと手芸教室のドアを開いた。

(だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ……)

 心の中で励ましながらお客さんの前に立つと説明を始めた。
 私の声に反応するお客さんの態度が、チクリチクリと私の心を刺して、そのたびに胃がキリキリと痛む。
 何とか笑顔を維持しているつもりだが、きっとそれは能面のような強ばったものに違いない。
 それでも私は何とか耐えて、一つ一つ説明していく。
 部屋の隅で控えてくれている藤生先輩の優しい微笑みが私を支えてくれていた。

「塚原先生、ありがとうございます」
「……いえ、わかりにくくてすみません」

 冷や汗をかきながらも何とか本日の手芸教室も終わることができた。
 お客さん達が会釈をしながら部屋を出て行く。
 中にはわざわざ私にお礼を言いに来てくれる人までいた。

「そんなことないですよ、家に帰って作ってみますね」
「私もやってみます」
「……はい。がんばって、……くださいね」

 なんだか申し訳なくなって思わずペコペコしてしまう。
 ようやく最後の一人が出て行くと、私は大きな溜息を吐いた。
 そんな私をねぎらうように藤生先輩が近づいてきた。

「塚原さん、お疲れ様。今日も良かったよ」
「そう? ですか?」

 どうしても私は疑いの声を上げてしまう。
 とてもじゃないが初めての人に教えるというのは向いていない。
 もっと適材適所があるのではないのだろうか。

「塚原さんはもっと自信を持てたら良いんだけど……」
「ごめんなさい……」

 困ったように呟く藤生先輩に、私はやっぱり頭を下げてしまう。

「謝らなくていいよ、塚原さんが悪いわけではないんだから、でも何か良い方法はないのかなあ」

 正直、そこまでしてまで上手くなりたくはないのだけど、藤生先輩の気遣いを無碍にしたくはなかった。
 だって、私は、先輩のことを憎からず思っていたのだ。

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