失われるものとの約束 (Page 5)

 幸也は自分が興奮していることに気付いた。これほど興味深い研究対象があるだろうか。やはり調査にきて正解だった。住人の高齢化によって村落がその体裁を保てなくなる前に、伝承が失われる前に収集しなくては。

 そんな彼の興奮を諫めるように村田が言う。

「神は仏と違って祟ります。あまり深入りなさいますな」

「荒魂信仰ですね。崇め奉ることで、害を逃れようとする」

「……私はのんのさんのお社をずっと守って参りました。だから言っておるのです」

 深い溜息を吐き、村田は項垂れる。

「千和にお会いになったのでしょう? あれは、どんな形をしていましたか?」

「どんなって、普通の女の人でした」

「そうですか。あれが姿を消したのは、五十年以上前のことです」

「は?」

「のんのさんは人を呑むのです。ゆめゆめ忘れず、気をつけなさい」

 顔を上げた村田は疲れ切った表情でそう言ったきり黙ってしまう。それ以上、彼からのんのさんに関わることを聞き出すことができず、幸也は村田の家を出ることにした。

 

 翌日からの調査に支障が出るかもしれない。そのことを憂慮しながらも、やはり幸也は胸の裡に燻る興奮を抑えられなかった。村田からは深入りするなと言われたが、何もしなければこの村落に息づいているはずの伝承が消え去るだけだ。伝承を残すことは人の営みを遺すことにもなる。そう思って幸也は研究を続けていた。

 物思いに沈み、下がっていた視線を上げると日の光は傾き始めていた。赤みを増した光が幸也の足元に落ちる影を次第に長くしていく。賑やかな蝉の声はひぐらしに変わろうとしていた。

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