失われるものとの約束 (Page 6)

「話は聞けましたか?」

 背後から声をかけられ、幸也は足を止め振り向いた。

「のんのさんに深入りするなと言われました」

「そうですか」

 くすくすと愉快そうに笑う千和に幸也は疑問をぶつけた。

「どうして、嘘をついたんですか?」

「嘘?」

「名前のことです。行方不明になった人の名前を騙るなんて」

「あれは千和を好いていたのでしょう」

「何の話ですか」

 笑うばかりで千和は何も答えない。

 要領を得ないと思った幸也はその場を立ち去ろうとするが、引き留めるように千和が言う。

「神社には行かれましたか?」

 するりと千和は幸也に追いついた。

「まだです」

「ご案内しましょう」

 千和は彼の手を掴むと強引に引っ張っていく。

 脇道を幾つか曲がり、山の木々に隠されるようにして存在する神社へ連れていかれた。石造りの鳥居と小さく古ぼけた社。境内というにはあまりにも狭いその空間には、確かに信仰の匂いがある。色濃いのは畏れだろうか。村田が言っていた通り、出自は祟り神の類だったのかもしれない。

 社を子細に観察しようと近づいた幸也は、その柱の低い位置に何か彫られていることに気付いた。

「えっ」

 顔を近づけた幸也は思わず声を上げる。

 そこには拙い文字が刻まれていたのだ。

 なしきゆきや、と。

 両親が離婚する前の彼のフルネームだった。

 くらりと世界が揺れた。久方ぶりにこの村落に訪れたときのような、そんな眩暈。

 両親の離婚調停のために祖母の家に預けられていた日々が、奇妙な鮮やかさを持って幸也の脳裏に再構成されていく。

 遊び相手もなく、一人きりの時間を持て余していた幸也が辿り着いたこの古ぼけた神社で過ごした日々。そこで出会った遊び相手は、年上の女性だった。

 幸也は喉がからからに乾いていた。異様に緊張し、四肢が強張る。

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