君と、忌々しい望郷の念に駆られて
海を望む旅館の娘である花野(はなの)は、宿泊客である小説家の溝呂木(みぞろぎ)という男と関係を持つ。口数が少なく、どこか陰りのある溝呂木は戦争で家族関係にヒビが入り、妻と離婚した辛い過去があった。ある日、溝呂木は唐突に「死にたい」と花野に漏らし…。
どこへ行っても、海は変わらぬ美しさがあると、私は思っています。
晴天のような青い海を見て育った夫は、「鉛のような色の海は汚いだけだ」と言って顔を顰めますが、私はそう感じてはいないのです。
結婚記念日に子供たちを両親に預けて、夫と夫婦水入らずでとある県の旅館へと泊まることになりました。
混浴のない旅館のため、夫は先に熱いお湯で旅の疲れを癒しています。
旅館の窓からは、終わりのないように見える空と海。一見するとどこかで交わっていそうなのに、どこまで行っても決して繋がることはない。
それはまるで、人と人のようです。
吸い込まれそうな紺碧の空を見ているうちに、私は懐かしい男性のことを思い出しました。
両親の経営する旅館で私を抱いた、あの男性のことを。
戦争が終わってから20年後、日本は復興と目覚しい経済の成長を遂げるため、貪欲なほどに生き急いでいる風潮がありました。
誰もが辛い思いをした戦争。私は終戦直後に生まれたために戦時中のことは何も覚えていませんでしたが、両親からは度々当時の苦労について教えられてきました。
老舗の旅館である実家は毎日めまぐるしい忙しさで、連休ともなれば全国各地から人がやって来ました。
そんな時、ふらりと訪れたのが、溝呂木という男性だったのです。
溝呂木さんはとても陰りのある人で、端正な顔立ちでありながら、漆黒の髪で顔を隠すようにしていました。
私は彼が寝るための布団を整え、何か不都合があればいつでも呼んで欲しいと伝えました。
彼は何も言いませんでしたが、私が部屋を出ようとした瞬間、思い切り布団に押し倒されたのです。
旅館で働いていると、時々酔ったお客様に身体を触られることはよくあります。
いつもならやんわりとその手を押し返すのですが、この時はなぜか嫌な気持ちはしませんでした。
溝呂木さんは私の上に覆いかぶさると、そっと口づけをしてきました。熱くもなく、冷たくもない唇でした。
そのまま私の着ている二部式着物を剥ぎ取ると、白桃のような胸を揉みしだき、ひたすら乳首を愛撫されました。
私は初めての感覚に言葉を発することもできず、ひたすら彼のされるがままとなります。
溝呂木さんは陰毛をかきわけて、湿ったそこへ何度も指を抜き差ししました。自分でも、触れたことのない場所でした。
彼は私の中にそそり立ったモノを挿入すると、一心不乱に腰をぶつけてきます。私が痛みを訴えても、抜いてほしいと懇願しても、首を横に振るばかりです。
ずっと目を閉じて快楽に耽っているかのような表情を浮かべている彼でしたが、時折知らない女性の名前を口に出していました。
それが、彼の思い人である人は、何となく予想がつきました。
それから私たちは、よく言葉を交わすようになりました。
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