君と、忌々しい望郷の念に駆られて (Page 3)
それからほどなくして、私は自分が妊娠していることを知ったのです。
溝呂木さんは責任を取ると両親に頭を下げ、私と結婚することになりました。
私は、彼の過去も全て受け止めて、一生添い遂げることに決めたのです。
「花野、あがったぞ」
昔のことを思い出しているうちに、いつの間にか夫が浴衣を着て後ろに立っていました。
「いいお湯でしたか?溝呂木さん」
「ああ。…それにしても、変わらないな」
「何がです?」
「君も溝呂木になったのに、いつまでも私を名字で呼ぶことがだよ」
彼は微笑むと、いつもと同じタバコに火をつけます。
入れ替わりで私がお風呂からあがると、もうすでに彼は布団の中に入っていました。
旅の疲れが出たのでしょう。
私は彼に布団をかけると、乾いた頬に口づけをしました。
この世には、知らない方がいいこともあります。
例えば、溝呂木さんの再婚相手が、おそらく生き別れた実の娘であることなど、です。
私は幼い頃から、両親の実の子供ではないと言われながら育ちました。
ある時、おくるみに包まれて置き去りにされていたところを、拾ったのだと。
でも、溝呂木さんの話を聞いた時に、私は決して置き去りにされたわけではないことを確信したのです。
溝呂木さんはこれから一生、自分の不注意で娘を失ったことを悔いていくでしょう。別れた元妻も。
私は机に置かれた彼のタバコから一本抜き取ると、マッチで火をつけました。
煙はどんどん立ち上っていくのに、すぐにその姿が見えなくなっていきます。
それでも私は、彼を一生愛し続けるでしょう。
忌々しいほどの望郷の念に駆られて、彼が初めて私を抱いた日から、ずっと惹かれていたのですから。
(了)
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