青い薔薇の花言葉は
『ブルー・ローズ』は娼婦や男娼を商品として売り捌く組織と敵対した。最高傑作であるアトリを奪ったことがキッカケだ。古賀とアトリ。澤木と鈴鹿。似て非なる二組の男女は、この逃避行で新たな未来を歩むための選択をすることになる。前9話からなる「青い薔薇」を巡る物語完結。
火を四人の男女が囲んでいた。
くたびれた雰囲気の中年男と、紳士然とした初老の男。
短髪の闊達そうな娘と、しなやかな曲線を持つ娘。
そんな四人がいるのは寂れたキャンプ場である。周囲には枝打ちされた木立が並び、深い闇を湛えていた。
ぱちん、と音を立てて薪が弾け、形を崩す。それを見た中年男が椅子の足元に積んであった薪を一つ火の中に入れる。火の粉が少しばかり立ち上がり、夜気に呑まれた。
火の上には薬缶が吊るされており、注ぎ口からは白い湯気がゆるゆると昇っていく。
中年男は立ち上がり、グローブをして薬缶を火から降ろすと他の三人の顔を見回した。それぞれの手にはカップがある。
「旦那、悪いがコーヒーはないぜ」
「残念なのは、澤木さんも一緒でしょう?」
初老の男に言われ、中年男――澤木(さわき)は苦笑した。
「自分で淹れた不味いコーヒーを飲むよりはましさ」
「古賀(こが)さんだけではなく、澤木さんもコーヒーが好きなのですか?」
しなやかな曲線を持つ娘がどこかあどけなさのある声で澤木に問うた。
その問いに隣に座っていた闊達な娘が勝手に答える。
「そうだよ。わたしが最初に教えてもらったのなんて、コーヒーの淹れ方なんだから」
「澤木さんの好みに入れるのは、大変ですよ。鈴鹿(すずか)さん」
笑いながら古賀も同調する。
「そうなんですよ。煩いばっかりで……、先生が淹れたのだって泥水みたいなのに」
「うるせえぞ」
短髪を揺らし楽しそうに笑っている鈴鹿のカップへ澤木は少々乱暴に白湯を注ぐ。飛沫が散り、鈴鹿が小さく悲鳴を上げる。
それを見てしなやかな体付きの娘がくすくすとたおやかに笑う。
鈴鹿の隣に座っている娘のカップへ澤木は湯を入れてやる。次に古賀のカップを満たし、残った分を自分のカップに注いで澤木は椅子に腰を下ろした。
「アトリさん」
穏やかな声音で古賀が名前を呼ぶ。するとたおやかに笑っていた娘は、さらに笑みを深めて古賀の目をひたと見据えた。
「少しは慣れましたか?」
「はい」
こくんとアトリは頷く。その仕草はどこか幼く無垢だ。
「さて」
澤木は白湯を口に含み、再びそれぞれの顔を見渡した。
「そろそろ現状を整理しよう。旦那、『ブルー・ローズ』と連絡を取っていたみたいだが、状況は?」
「決着までは、予定よりも時間がかかりそうですね」
「連中からの追跡は俺と鈴鹿で粗方潰してきたから、まあ、しばらくは何とかなるだろう」
都内を脱出するまでの荒事を思い出し、澤木は追手が迫るまで時間を頭の中でざっと逆算する。
「直接的な追跡は、まあそうだな。少なくとも一週間はなんとかなる」
「加えて『ブルー・ローズ』の方でも接触を試みているはずですから、動き難いでしょうね」
ちらりと澤木は鈴鹿に視線を向けた。彼女の目からはおどけた色が消え、冷静に現状を分析しようとするものに変わっている。その変化に内心で満足しつつ澤木は口を動かす。
「とりあえず、二ヵ月は逃亡生活を続けることになるだろうな」
「厄介事に巻き込んでしまいましたね」
「なに、仕事さ。旦那が気にするようなことじゃない。金も貰ったしな」
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