愛犬ワンコ (Page 3)

 いつもワンコがいた場所に座る一子が、しなだれかかってきた。
 確かにワンコはいつも身体を預けてきていたが、二人掛けのソファなんだからこんなことしなくても十分に座れるはずだ。
 彼女の吐息をすぐそばに感じ、甘い香りが鼻を突く。
 心地よい重量感と体温が腕に押し付けられる柔らかな双丘から伝わってきた。
 上京してから誰とも付き合ったことのない男には、あまりに刺激が強すぎる。

「あ、あのカズちゃん、ちょっと」

「ん? んんんく、クぅン」

 彼女は子犬のような声を発し、俺の肩に頬擦りしていた。

「え? か、カズちゃん?」

「は、は、んは。た、しろさん。私、なんかへん」

 一子は俺に身体を擦り付けるようににじり寄り、舌を出して訴えかけてきた。
 頬を赤く染め、瞳はトロリと蕩けて牝の色香を発している。

「カズちゃん、しっかりして。なんか、おかしな薬飲んだ?」

「ん、んん、ちが。ワンコ、ワンコお」

 一子は艶めかしい鳴き声を発し、押し戻そうとした俺の腕に抱きついて太股で挟み、腰をカクカクと動かしていた。
 そして、何かを求めるように俺の目をのぞき込む。

「っ!」

 俺はハッとして、リビングの片隅にいる冷たくなったワンコに目を移した。
 一子の目が発情期のワンコが俺を見つめていたときと同じ目に見えたのだ。
 いまの一子のように、腰を振りながらマウントしてきたときの何かを求めるようなワンコの目だ。

「やめなさい」

 俺はワンコにするのと同じように、はっきりと拒否して立ち上がった。
 すると一子は腰の動きを止め、申し訳なさそうに俯いて身体を小さくする。
 そして、上目遣いで俺の様子を窺いつつ居住まいを正し、ソファにきちんと座り直した。

「……くぅん」

「うん、落ち着いたね」

 俺が思わず頭を撫でて褒めてやると、一子はハッとしたように顔を上げた。
 そして四つん這いでリビングを横切り、何かを咥えて戻ってくる。

「か、カズちゃん?」

 彼女は咥えていたワンコのハーネスを床に置くと、そっと俺の方に押しやった。
 そして、お座りの姿勢で俺を見上げて首を傾げる。
 ワンコが散歩を要求する仕草だ。

「カズちゃん、ちょっと冗談にも程があーー」

 彼女は俺の台詞を無視するように、ハーネスをもう一度咥えて俺の手に押し付けた。
 ワンコが俺だけに見せるおねだりだ。

「……ワンコ?」

「わん!」

 彼女は嬉しげに吠え、咥えていたハーネスが床に落ちた。
 慌てて咥えて、俺の方に押しやる。
 これもいつものワンコだ。
 そして、ワンコがここまでおねだりするときは、催してきているとき。
 いつものワンコなら、すぐ散歩に出ないとやばい。

「いや、さすがに外はまずいよ」

 お座りの姿勢で俺を見上げる一子に声をかけたが、彼女は首を傾げるだけだった。
 ただ、その目には余裕がなくなってきている。

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