雨待ち人 (Page 2)
換気をするために蛍伍は立ち上がる。建付けの悪い硝子戸はがたがたと鳴った。拳一つ分程の隙間ができただけで、涼しい空気が店内に入り込んでいく。湿気も多分に入り込んだが、それでも清涼感が違う。
喧しく鳴らしながら硝子戸を閉め、蛍伍が振り返ると彼女が佇んでいた。物言いたげに蛍伍を見ている。
「しばらく、止みそうもないですね」
蛍伍がそう言うと彼女はなぜか微笑んだ。それ以上なにも言えない彼に、彼女は表情を変えずに口を開く。
「あの日も、こんな雨でした」
「そうですね。軒下で、あなたが――石平(いしひら)さんが雨宿りをしていた」
蛍伍の言葉にさらに笑みを深める石平を見ていることができず、彼は目を逸らした。彼の視線が逃れた先には、まだ濡れているビニール傘が立てかけられている。小さな水たまりが土間に出来上がっていた。
一つ息をつき、蛍伍は硝子戸のカーテンをしっかりと閉める。薄日が忍び込んでいた店内が墨色に染まった。それでも硝子戸の近くは白昼であるため、切り去られたように浮かび上がって見える。
日の光に背くように蛍伍は暗がりをそろそろと歩いていく。まだ目が慣れない。店内の様子は憶えているが、それでも足元にを不安に思う。
「ずっと降っているんでしょうか」
石平の脇を通り抜けようとしたとき、耳元で囁かれた。思わず彼は足を止める。迷いながら口を開いた。
「どうでしょうか」
言い捨てるように呟き、脇を通り抜けて上がり框へ腰を下ろした。目を閉じ、意識を耳へと集中させれば雨音を捉えることができた。雨脚が弱まる気配はない。雨音から意識を離せば、瞼の裏の暗がりで自らの息遣いを感じた。平時と変わらない。荒くも浅くもない。
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