青い薔薇の花言葉は (Page 4)
背凭れに体重を預け、澤木は困惑している鈴鹿を見据える。
彼女は気圧されたのか、びくっと肩を震わせた。怯えた顔をしている。見たこともない澤木の顔に戸惑い、怯えているのだ。
澤木は全くの無表情になっていた。あらゆる感情が抜け落ちたような、死人めいた顔。それが彼本来の顔だった。
冷徹な計算に従い、最短の、最善の、最も効果的な方法を選べる。それがどれだけ人道を外れた選択であっても、必要とあらば躊躇うことはない。
だが、そんな人間をまともだと思えない自分も澤木の中にはいた。そんな人間らしさの欠片が、これ以上鈴鹿と共にいることを拒んでいる。
「お前は俺みたいになる必要はない。技術は伝えた。使い方は……、自分で考えろ」
風が巻き起こり、火の粉が散った。
原因は素早く踏み込んできた鈴鹿である。最短距離を最速で詰めてくる。小さく鋭く突き出された貫き手が真っ直ぐ澤木の左目へと伸びてきた。
彼は椅子から転がり落ちるように横へ転がる。その際にはぎりぎりまで惹き付けた鈴鹿の腕を絡め取っていた。地面に転がる勢いを利用して彼女の腕を極め、地面へうつ伏せに抑え込む。
「……」
呼吸すら乱さず、澤木は黙って鈴鹿の後頭部を見つめる。
鈴鹿は地面に額をつけ、無理やり立ち上がろうとした。澤木は彼女の腕を解放し、距離を取る。
「……ほら、やっぱりダメ。先生には敵わないじゃん」
汚れたまま鈴鹿は泣き笑いのような顔になる。
「今は、な。俺の近くにいるより、もう少し世の中を見て回れ」
「一人で?」
「そうだ」
「どうして? わたしは先生とずっと一緒にいたい」
「俺がお前に教えたものは、自分の居場所を作るためのもんだ。お前は俺になる必要はないんだよ。お前の生き方を探せ」
「わたしの居場所はそこだよっ」
激しく切り捨てるような口調で鈴鹿が言う。
同時に彼女の繊手が澤木の隣を指さした。
「居場所を作れっていうなら、作らせてよ。先生の隣に……」
ぽろぽろと大粒の涙を鈴鹿が零す。
そんな彼女の表情を見たのは始めてだ。子供のように泣きじゃくり、鈴鹿は天を仰いだ。
二人の頭上に星はない。雲がすっかり夜空を覆い、のっぺりとした黒だけが広がっていた。
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