青い薔薇の剪定者は昔日の面影を纏う (Page 3)

 清冽な沢を見つめ、家を飛び出したばかりのことを思い起こす。

 男娼の真似事をして、女性の住処を転々としていた。女性は金蔓に過ぎず、一夜限りの関係に未練も何もなかった。だが、誰を抱こうとも満たされず、生活は荒む一方だったのである。終いにはヤクザ者の情婦に手を出して、追われる羽目になった。

「恩人がいてね。その人に紹介してもらった」

「そうなんだ」

 振り返ると、睦実は目を丸くしていた。その様子がおかしくて、心のままに俊倫は笑顔を浮かべる。

「そこで仕事を始めてからだよ。家に帰ったのは」

「それでなんだ」

 睦実はどこか納得した様子で遠くを見る目になる。

「俊和さんがね、男らしい顔になったって嬉しそうに言ってたの」

「……そんなことを」

「うん。その日はね、珍しくお酒飲んでたのよ」

「すぐに酔っぱらって寝ちまったんじゃないの?」

 くすくすと笑い、睦実は頷いた。

 それから二人は川面を眺めながら、故人の思い出について語り合った。

 俊倫は父親の過ごした最期の日々が満ち足り、そして美しいものだったと感じる。それは睦実の存在があったからこそだ。父親と息子の二人で迎える終局は、きっと淡々として事務的な感じさえあったはずだ。後悔すらなかっただろう。

 けれど、今は少しばかりの後悔が彼の中にある。

 親父ともう少しだけ話しておけばよかった、と。

 そんなふうに思えるのは、たった一人の女性のおかげなのだ。

「そろそろ戻ろうか」

 俊倫は赤みを増していく陽光を見て言った。

 顔を隠そうとしている太陽は赤々と燃え、自らが隠れようとする山影の縁を黄金色に輝かせている。

 冷たさを急速に増していく川辺の風から逃げるように二人は旅館への道を引き返す。

 宛がわれた部屋に戻り、寛いでいると夕食の時刻になったらしく、次々と料理が運ばれてきた。

 普段の生活ではなかなか口にしない山菜や周辺の山に生息している獣肉を物珍しく食す。野生食にありがちな臭みもなく、二人は早々に平らげてしまう。

 残ったのは酒だ。俊倫は睦実に勧められ、ちびちびと飲んでいく。

「お酒に弱いところも似たのね」

「そう、かもしれない」

 うつらうつらと船を漕ぎ、俊倫はついにテーブルに突っ伏してしまう。

「そんなとこで寝ると、風邪ひくからお布団に行ったら?」

 肩を揺すられ、渋々といった様子で俊倫は立ち上がり、用意された寝床に潜り込む。頭から布団を被り、俊倫は動きを止める。

 睦実は一連の様子を柔らかく微笑んで見ており、俊倫が寝息を立て始めたのをさっして部屋の灯りを消した。

 それから彼女は備え付けの浴衣と下着の替えを持って、露天風呂に向かう。この旅館にはどの部屋にも小さいながら露天風呂があり、いつでも楽しめるようになっているのだ。

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