ある官能小説家の失敗~ゴーストライター食ったら喰われた!~ (Page 5)
当然のことではあるが、いつもより深く疲れた奈月が翌朝11時過ぎまで眠り、連絡無しで休んでしまったのが発端となり、奈月が会社を辞める一因になったのは言うまでもないだろう。
しかしあくまで一因、である。
会社を辞めさせられた時点で、奈月はとっくの昔に“再就職先”を決めていた。これも一因、と言えよう。
「奈月……勘弁してくれ。頼むから……原稿が上がらなくなるんだぞ!」
「昨日あたしを放り出して寝たのは誰よ?それに今のあなたの原稿、あたしの原稿でもあるんですからね。
夫婦で官能小説書いて暮らしていこうってあたしにプロポーズしたのはどこの誰よ!」
「……俺です」
奈月を拝み倒しているのは、男……奈月の元ゴーストライター先の作家だった。奈月の肉体の魅力にすっかり参った男は、自分も奈月も独身だからと、結婚を申し込んできたのだ。
無論奈月は受け入れたし、奈月の両親……特に病気から快復した父親は、手術代を工面して自分の命を助けてくれ、しかも会社を辞めた奈月を一生支えていくと誓ってくれた男に感謝していて、奈月と男の結婚を手放しで喜んでくれた。
だが、仕事が同じになって、奈月と男の喧嘩は増えていた。夫婦で官能小説家という触れ込みで業界の売れっ子となった二人には、後から後から仕事が舞い込み……しかし奈月も男も“お楽しみ”を我慢できる性格ではなかったのが災いして、原稿を落とす寸前になってから、何本かの連載を二人で必死に執筆することが増えているのだ。
……ただ“お楽しみ”をネタに出来るということもあり、離婚の話が一切出ないというのは夫婦としては幸せかもしれない。
だが……毎夜の奈月の嬌声や男の叫び、そしてさっきも聞こえてきたように喧嘩の声がうるさいということで、何度も引っ越しを繰り返す羽目になっているのも、また事実ではある。
今の二人の住まいは3ヶ月前に引っ越して来たのだが、果たしていつまで保つものやら。
男が人里離れた所に一戸建てを建てようかと考えているのも、無理もない話だと言わねばならない。
次はどんな所にいつ引っ越すのやら……ということが編集者の間で賭の対象になっているということも、二人は知らない。
『まさか食ったら、喰われるなんて……』
今の男は、一日に一度、こう反省するようになっている。結婚してみたら奈月はかわいい妻だし、自分のゴーストライターであっただけあり書く物もレベルは高く人気はある、協力は求めてくるものの家事もきちんとやってくれる。しかし自分が食おうとしたら喰われるとは思っていなかった。
それに続けて、一日に一度絶望的なレベルで後悔しながら、深い深いため息をつき、男は両手に顔を埋める。
『ここまでいろんな意味で尻に敷かれるとは、思っていなかったんだよなあ……失敗した。
幸せな失敗だけど……かわいい嫁と共作者とセックスパートナーとネタ元と優しい家族が、一度で手に入ったんだからな。
でも本気で失敗だったな、あれは……。奈月の許可取ってあいつ以外の女と寝ても、何も感じなくなっちまった。兆単位の金積まれても、もう奈月以外の女、抱きたくないし抱けなくなった。あいつが先に死んじまったら、俺、どうすればいいんだよ……!』
(了)
幸せな失敗
タイトルに釣られて読みました!
女性が優位になる点と描写が官能的でリアルな点でこの作品はとても素敵だと思いました。
とと さん 2020年6月4日