ある商人の買い付け (Page 3)

「今日はすみませんね。食事が一回だけになってしまって。あなたの旦那さんの借金取りが来てましてね、その応対で」

「申し訳ございません」

 格子の奥で女が平伏する。長い黒髪が畳の上に広がった。地下に捕らわれてなお美しさを失わない彼女の黒髪に見惚れ、藤吉は微かな時間だけ陶然とした。

「お気になさらず」

 それでも平静を装い、藤吉はゆっくりと牢の鍵を開ける。女が動き出す気配がないことを確認して、そっと押し開けた。中に入ると彼は女の前にお盆を置く。まだ、湯気を上げている食事を女の前に並べてた。

「さあ、召し上がってください」

「……はい」

 おずおずと顔を上げた女に笑いかけ、藤吉は先に食事に手を付ける。

 カンテラの灯りがあるばかりの座敷牢の中で、女と向かい合って藤吉は夕食を喰らう。

 すっかり二人で平らげると、藤吉は空の食器をお盆の上にまとめる。それ隅に押しやり、女の肩に手をかけた。乱暴な仕草ではない。むしろ優しげな手付きであった。

「藤吉さん。本当に申し訳ございません。主人のことを許してください」

「……奥さん。ご主人を許してやらなくちゃならないのは、奥さんの方ですよ」

 精神的な疲労に曇った瞳で女が藤吉を見つめた。

「奥さんはね。ご主人に借金のかたに売られたも同然なんですから」

「それは、どういうことなんですか?」

「昨日、ご主人から手紙が届きました」

 藤吉は懐から紙切れを取り出した。そこには金を返す当てが外れてしまったこと、代わりに借金を払い続けてほしいと詫びが書き連ねられている。そして、代価として妻を差し出すことが記されていた。妻のことは好きにしてもいいし、借金取りに引き渡してもいいと結ばれている。

「そんな、そんなっ……!」

 女が手紙を握りしめ、畳に突っ伏してしまう。身体が震え、嗚咽が切れ切れに藤吉の耳に届いた。

 背中をゆっくりと赤子をあやすようにそっと藤吉は撫でる。何も言わずに辛抱強く、女が泣き止むまで薄い布越しの背の感触を楽しんだ。

 ゆっくりと女が顔を上げる。

 泣き濡れた顔は虚脱していた。

 藤吉は女の手から握り潰され、涙で滲んだ手紙を取り上げる。そして、カンテラの火をそれに移した。手紙は女の涙で濡れていたが、そんなものはないかのように火は瞬く間に文字を食い尽くしていく。

 茶碗の上に燃えている手紙を落とし、藤吉は強いて無表情に女を見る。

「旦那さんもいつまでだって逃げおおせるものじゃあない。いずれは借金取り共に捕まるでしょう」

 こっくりと女が頷く。

「そうなった時、会いに行かれますか?」

 女が頭を振り、拒絶の意思を示す。

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