出さない手紙
女は、人生の全てを捧げた男を思い出して海へ行く。男は職場の上司であり、誰からも信頼され、妻子ある存在だった。男と一線を超えた女は、なりふり構わず絶望へと向かって進み出す。いつか、彼が妻ではなく自分を選んでくれると信じて…。
灼熱の太陽が降り注ぐ中、私は彼がプレゼントしてくれたレースのワンピースを着て海へと向かう。
黒でもなく、青でもなく、ネイビーの色が、いつか二人で見た夜空と同じに見えてお気に入りの一着だった。
車一台を停めるのがやっとという細い崖の先に辿り着くと、眼下には美しい海が広がる。
あの日、彼の車でここへ来て、私は初めてを捧げたのだ。
私はバッグからまだ封をしていない手紙を取り出すと、弱々しい自分の筆跡で書かれた文を読み返す。
そこには限りないほど、彼への愛について綴られていた。
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『あなたへ
あなたと出会って、私の世界は変わりました。
まさか、こんなに早く別れが訪れるとは思ってもみませんでした。
私が大学を卒業して就職した先に、あなたは上司として勤務していました。
同僚・部下・上役などすべての人から絶大な信頼を得ていたあなたは、よく仕事でミスをする私をいつも庇い、フォローしてくれましたね。
私はそれまで、勉強しかできない人間でした。勉強さえしていれば、良い大学に入れて良い仕事に就けると思っていたのです。
しかし、社会に出てからその考えは瞬く間に吹き飛びました。
社会では勉強ができるかどうかというよりも、臨機応変に対応し、コミュニケーション能力に長けている人物が生き残れるのだと知りました。
私はとても引っ込み思案な性格でオドオドしてしまうので、いつも父親から「はっきり話さない奴だ」と怒鳴られていました。
職場でも先輩社員に怒られてばかりで萎縮していましたが、そんな時、あなたはいつも私に助け舟を出してくれましたね。
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