古びた記憶よりも今の君を抱きしめる
小野田俊輔(おのだ しゅんすけ)はかつて恋をしていた女性の娘・晶(あきら)とキャンプ場で再会し、成り行きから同じテントで一夜を過ごすことになってしまう。晶へ複雑な感情を抱く俊輔は彼女から想いを告げられ……。
オフシーズンのキャンプ場は静かだ。
特に小野田俊輔(おのだ しゅんすけ)が長年利用しているこのキャンプ場は静かだ。知名度が低いこともあるが、キャンプサイトがお世辞にも整備されているとは言い難いことも理由だろう。もちろん管理人はいるし、整備に手間もかけているのだが、近年のアウトドアブームによってオープンしたキャンプ場に比べると見劣りがする。
懇意にしている管理人に言わせれば、より自然に近い状態を維持しているのだそうだ。きれいな芝のサイトもなければ、景観の良いスポットもない。若いカップルが使い易い施設もないので、たしかに人気にはならないだろうと納得させられる。
とはいえ、そんな寂れた雰囲気が彼は気に入っていた。
料金が安いということもあり、学生時代から友人と利用しているのだ。
テントの設営が終わり、空を見上げる。常緑樹の間から見える冬の陽光は弱々しくなり、広がる薄雲の群れも朱色になっていた。
「さてと……」
視線を空から地上へ戻す。
俊輔がいるキャンプサイトは野営と言葉がしっくりくるような一見すると荒れた場所だ。実際にはしっかりと管理され、下草なども刈られている。とはいえ、管理人の実直な人柄や実際に人の手が入っていない原野とでもいうべき土地を知らなにければ見分けがつかないだろう。
友人と一緒にあちこちの山に登ったり、キャンプ場を巡ったことを俊輔は思い出す。初めて二人でキャンプに来たのも、ここだった。
感傷的になっている自分に気づいて、俊輔は声もなく笑う。
そのことを誤魔化すように彼は歩き出した。このキャンプ場では薪を購入することもできるが、落ちているものを拾って使うことができる。焚火そのものを禁止しているキャンプ場もあるが、ここでは直火すら許されている。もちろん許可を管理人から得ていることが条件だ。
普段はガスバーナーなどを使っている俊輔だったが、今回は焚火をすると決めていた。後始末などを考えると面倒だが、それでも地面に視線を落として俊輔は一つひとつ乾いた薪を拾い集めていく。
必要な量が集まったところで、テントを設営した場所に戻った。テントが見えた時、俊輔は硬直したように足を止める。彼が設営したものに寄り添うように、新しくテントが設営されていた。設営した場所が近いだけなら、ハイシーズンであれば経験がある。
だが、彼はそのテントに見覚えがあった。
「あ、俊輔さん」
俊輔が立ち竦んでいると、テントの陰から一人の少女が立ち上がった。いや、もう少女ではないだろう。成人しているはずだ。幼さを顔にまだ残しているけれど、しっかりと大人の顔になっている。
何も言えずに俊輔が突っ立っていると、彼女はテントを回り込んできた。
「わたしのこと、忘れちゃいました?」
小首を傾げて彼女は俊輔の顔を覗きこむ。その仕草に心臓を握られるような痛みを感じ、同時に動揺して俊輔は目をそらしてしまう。
「晶(あきら)です。岩永(いわなが)晶」
「……晶ちゃんか。おっきくなってたから、気づかなかったよ」
「最後に会ったのって、どれぐらい前でしたっけ」
「憶えてないなぁ」
嘘をついた。
本当は憶えている。最後に会ったのは晶が中学生になった時だったはずだ。連絡を貰い、一緒に食事をした。未練がましくのこのこと出かけて行ったことを俊輔は忘れていない。忘れるはずに行ったのに、未だに忘れられないでいるのだ。俊輔は内心で自分を嗤い、顔には朗らかな笑みを張り付ける。
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