古びた記憶よりも今の君を抱きしめる (Page 4)

「一緒にいれば暖かいです、絶対」

 靴を脱ぎ棄て、彼女は俊輔のテントに無理やり侵入して座り込んでしまう。母親譲りだろう強情さがその目に見て取れる。

「はいはい、分かりました」

 間近にある晶の顔から離れ、俊輔はため息をついた。小さな頃からこうしてわがままを言う時がある。そのことを思い出した。

 仕方なく俊輔は冷え込むであろう夜を乗り越えるための準備をし、焚火を消した。それだけで圧迫感を感じるほどの闇が一気に俊輔を包み込む。街中で感じる闇夜とは密度がまるで違う。

 テントへ潜り込むと、小さなランタンを持った晶が不安そうな顔で彼を迎えた。

「はい、湯たんぽ」

 小さな湯たんぽを彼女に手渡す。

「俊輔さんの分は?」

「俺は大丈夫だから使って」

「でも……」

 受け取ることを迷っている晶へ強引に湯たんぽを握らせる。

「冷えるだろうからさっさと寝袋に入ったほうがいい」

「……一緒に使えば、二人ともあったかいですよ」

 意を決した様子で晶は寝袋のジッパーを大きく開き、二人が寝転がれるだけの空間を作った。俊輔の寝袋も同じようにすれば狭苦しいが、確かに二人で横になれるだろう。

「それとも、わたしと一緒に寝るのは嫌ですか?」

 そこまで言われてしまっては流石に断れない。俊輔は溜息をつき、寝袋に潜り込んだ。その横に晶が体を滑り込ませ、密着する。二人とも厚着をしたので、体温が直接伝わるようなことはない。だが、首筋に彼女の吐息が当たる。暖かな吐息と彼の傍にある滑らかな額が俊輔に触れそうな位置にある。

 暗いテントの中、聞こえるのは風と葉擦れ、雪が当たる音。そして二人の呼吸だけだ。

 気づけば俊輔は微睡んでいた。夢現に自分の体を暖かな手が撫でていると気づいた。

「……俊輔さん」

 切ない声と吐息が耳朶を舐る。

「お母さんじゃなくて、わたしを見て……」

 はっと目が覚めた。

 横臥した状態で晶が俊輔の体を愛撫している。もう片方の手は自らの秘所に伸び、慰めていた。

「晶、ちゃん」

 掠れた声で名を呼ぶと彼女は俊輔の首筋に歯を立てる。痛みはない。痺れるような甘い感覚が頭をくらくらさせた。

「わたし、ずっと、ずぅっと、俊輔さんのこと好きで」

「だめだ」

「どうして? わたしが、お母さんじゃないから?」

「晶ちゃんを、身代わりになんてしたくないよ。だから――」

「いいです。お母さんの代わりでも」

「だめだ」

「じゃあ」

 晶は体を離し、真っすぐに俊輔を見つめる。

「ちゃんと、愛してください。わたしは俊輔さんのことがずっと好きでした。これからもずっと」

 ここが分水嶺だと俊輔は感じていた。それは自分にとっても彼女にとっても。

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