古びた記憶よりも今の君を抱きしめる (Page 3)

 二人で並んで夕食を作り、分け合って食べる。そうしているだけで彼女は楽しそうに笑う。俊輔も不思議と満ち足りた気分になって、自己嫌悪や胸の内にあったしこりを忘れることができた。

 腹も満ち、救われた心地で火を眺める。ちびちびと酒を飲む。本当は一人で過ごす静かな時間のはずだった。それも過去の恋心を慰めるような、後ろ向きに過ぎる時間のはずだったのだ。

 それがどうだろうか。人と食事をし、酒を飲んで笑っている。

「あっ」

 晶が声を上げた。そして、掌を俊輔に差し出す。

「これ、雪ですよ」

「溶けちっゃて分からないよ」

 そう言って笑う俊輔の顔にも冷たいものが乗った。それは雨粒とは確かに違う感触を彼の頬に残して、消えていった。

「降り出したか」

 用心して厳冬期にも使えるテントを選択したのは正解だったようだ。寝袋もマットも同様に厳冬期仕様のもにしている。

「晶ちゃん、あのテント3シーズンのやつだけど大丈夫?」

「えっ、なんですか、それ」

「知らないの?」

 俊輔は嫌な予感がした。この調子だと寝袋やマットもせいぜい秋まで、下手をすると夏用のものかもしれない。そう思って晶のテントの中を覗くと、案の定というべきか寝袋は3シーズンのモデルだった。さらに悪いのは彼女はマットを用意していない。

 これでは今夜は寒くてとても眠れないだろう。暖を取るためには一晩中焚火の番をしていなくてはならない。だが、そんなに薪は集めていないし、体力的に辛すぎる。

「仕方ない。晶ちゃん。俺のマットを貸すから寝るときは着れるものを全部着て、ザックに足を突っ込んで寝た方がいいよ。それでも眠れるかどうか、分からないけど」

「大げさじゃないですか?」

「大げさじゃないよ」

 闇を透かして見れば、白い薄片がちらちらと舞っている。弱まる気配はなく、明らかに気温が下がり始めていた。

「寒さって地面からのが一番きついから」

 言われて晶は黙り込んでしまう。そのまま彼女をおいて、俊輔は自分のテントへ入る。セッティングしたマットを寝袋の下から取り出す。正直なところこの冷え込みは答えるだろうが、晶に風邪を引かせるわけにもいかない。

「あの」

 背後から晶に声をかけられ、俊輔は首だけで振り返る。

「一緒に寝ます。俊輔さんのテント広いし、わたしの荷物はテントに置けば大丈夫」

「大丈夫じゃないよ」

「わたしじゃ嫌ですか?」

「なにが?」

「一緒に寝るの」

「そういう問題でもないよ」

「一緒に寝ますっ」

 晶は強い口調で言い、自分の寝袋を俊輔のテントへ放り込んだ。

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