箱庭の中の幸福
田舎農家の奴隷嫁と、養子で労働力として酷使されている次男。夫に放置された欲求不満の人妻は、農作業の途中でついオナニーを始めてしまい、そこを義弟に見つかって…。林の中の小さな小屋で、今日も2人は密かな反抗を繰り返す。
「…じゃあ、行ってくるわ。健二と2人だからって、家事も畑も手を抜かないように。帰ったらちゃんとチェックするから」
「はい…行ってらっしゃいませ…」
玄関に手をついて、老人会の旅行に向かう義両親を見送った後、私はぼんやりそこに座っていました。
大学の軽音サークルで1年先輩だった夫は、付き合っている間はとても優しい人でした。
数年後にプロポーズを受け、家事に専念して欲しいという彼の希望で寿退職―――した途端に、態度が豹変。
「養ってやってるんだから」「長男に嫁いだなら当然」と押し切られ、田舎で農業を営む義理の実家での同居生活がスタートしました。
婿養子で空気のような舅、嫁いびりの手本のような姑、そして私より2、3歳下で、夫と比べ明らかにぞんざいに扱われている義弟の健二さん。
夫はいい年をして姑から「マーくん」などと呼ばれ、溺愛されていましたが、私や義弟がいびられていても見て見ぬふり。
いつもギスギスした家には居辛かったのでしょう、同居を始めてそう経たないうちに、仕事を理由にほとんど帰ってこなくなりました。
…騙された。
そう後悔したところで、両親が他界し、職も頼るところもない私は耐えるしかありません。
はぁ…とため息をつくと、掛け時計のベルが11時を告げました。
「いけない、そろそろ畑に行かなくちゃ…」
昼前になったら、早朝から畑に出ている健二さんにお弁当を届け、一緒に夕方まで農作業。
古ぼけた軽トラを運転し、自宅から10分ほどの畑に行くと、健二さんは機械で畦道の草を刈っているところでした。
「遅くなってすみません。今日は何をすればいいですか?」
帽子を被りながら歩み寄ると、健二さんは機械を止め、手の甲で額の汗を拭いました。
「…来なくて良かったのに」
「…あっ…」
小さい頃からずっと農作業をしてきた彼から見れば、同居して初めて農業に触れた私など居ても邪魔になるだけでしょう。
「いつも迷惑かけてごめんなさい。もっと仕事も覚えますから…」
「えっ?…ああ、いや…そういう意味じゃなくて…あの…」
私が謝ると健二さんは気まずそうにして、目より下に帽子のつばを下げました。
「…母さんたち旅行だし、義姉さんも今日くらい美容室とか、服屋とか行ってくれば…」
「えっ?」
日々の生活に追われ、そんな発想など無くなっていた私は、しばらくぽかんと背の高い健二さんを見つめました。
「…ありがとうございます。でも、着飾って行くところもないし、自由になるお金だって…」
「あ…そう、ですよね。すみません…」
「…いいえ…」
…この人との会話は、いつもお互い謝ってばかりだ。
それが申し訳なくなって下を向いていると、先に飯にしませんか、と健二さんは機械を肩から下ろしました。
ままならない関係の逢瀬、いいですね。
匿名 さん 2020年9月19日