春爛漫 (Page 10)

 友也と馨はそれからベッドのなかでごそごそと身に着けていたものを脱ぎ捨て、生まれたままの姿に戻って抱き合った。衣服は徒に境界線を増やすだけの邪魔ものに過ぎなくなっていたのだ。
 そうして二人は、これまた初めて味わう交わりの後の気怠い疲労に身を任せ、心地良く体温を感じながら微睡んでしまった。

 だから、いつものように友也の父親が騒々しく玄関の鍵を開ける音に気付かなかったのである。

「ただいまぁ」
 気づいたのは暢気に父親が自室の扉越しに声をかけた段になってから。
 天変地異でも起こったかのように、友也は泡を食って上体を起こす。

「おか、おかえりっ」
 ひっくり返った声で返事をする息子に父はのほほんとした調子で話を続ける。
「母さん、パートだろ? 遅いって?」
「遅いって」
 返事をしつつ、服を着こむ。隣では同じように焦った顔で愛しい恋人がブラジャーを着けていた。

 あわあわと身なりを整えた二人は、どうしようと顔を見合わせる。

「飯どうしようかなぁ」
 ぼやくように言って、父親は部屋の前を離れていく。

 ほっと胸を撫で下ろした友也と馨は、苦笑した顔を見合わせる。
「時間、大丈夫?」
「うん。親は帰り遅いから」
「あ、そっか。そうだったね」
 手櫛で髪を整える馨を見ながら、友也はちょっとした決断を下す。
「ねえ、親に馨を紹介してもいい?」
「……うん」
 少し意外そうに馨は頷いた。

「別に隠してたわけじゃないんだけどね。流石にもう顔を合わさずには帰るのは難しいし」
「大丈夫かな」
「別に厳しい親ってわけじゃないし……」
「そうじゃなくて、匂いとか。……友也と、したし」
 最後の方はかなり小声になって、馨は赤面してしまっていた。つられて友也も顔を赤くする。
「あー、大丈夫」
 視線を天井や壁にうろつかせた後、友也は自分を納得させるように言い切った。
「行こう」

 友也は馨に手を差し出す。
 言葉だけでなく、行動で大丈夫だと示すように。
 馨は少しだけ苦笑し、それから穏やかな微笑みを添えて彼の手を取った。
 二人は扉を開ける。
 そして肩を並べ、部屋を出て行った。

(了)

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