春爛漫 (Page 4)

 一瞬、その言葉の意味に友也は気付けなかった。

 しかし、言葉通りの意味だけではないと思い至り、彼はかぁっと自分の頬が熱くなるのを感じる。
 おずおずと馨と視線を合わせると、彼女の瞳にも微かな恥じらいの色があった。この言葉を放たせた決意は如何ほどのものであったろうか。
「……ここからなら、うちの方が近いけど。……来る?」
 彼女が両親不在の友也の家に来ることは初めてではない。だが、今日に限っては、先程の馨の言葉同様に意味合いが違う。
「……うん……」
 視線を外し、馨は溜息を零すように震える小さな声音で応えた。

 それから二人は会話らしい会話もできず、もじもじと椅子の上で身動ぎしたり、コーヒーをちびちびと飲んだりして、テーブルの上に手を付けるものがなくなってから店を出た。

 日はまだ高い。
 数か月前までは、まだ授業を受けていたような時刻だ。

 二人は人目を避けるように人通りの少ない道を無言で選び、ついに友也の家へと辿り着く。泥棒にでも入るように、慎重に友也は足音を忍ばせて玄関へ近づき、開錠する。
 そっと開かれた玄関からは静寂の気配しか感じない。

「うちも、親は遅いって言ってたから」
 馨を招き入れ、友也は言い訳でもするような声音で言う。
 無言で頷いた馨を見て慌て気味に友也は靴を脱いだ。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
 脱いだ靴を揃えている馨の背へ、友也は意を決し声をかける。
「僕の部屋、行こう」
「うん」

 少し俯いて二人は、そろりそろりと足音を殺して友也の部屋へと向かう。室内に這入ると、躊躇うように二人揃って部屋の真ん中で突っ立ってしまう。肩が触れ合う距離で並び、お互いの体温を微かに感じ合った。
 唾を飲み、友也は開け放っていた窓の遮光カーテンを閉める。ジャッと音を立てて引かれたカーテンによって室内が薄暗くなった。今まで明るい通りを歩いていた二人は、その暗さに一瞬お互いの姿を見失い、狼狽えてしまう。

 友也と馨はお互いの存在を確かめ合うように自然と手を伸ばしていた。
 柔らかな体温をそれぞれの掌に感じ、ほっと友也は胸を撫で下ろす。夢のような瞬間だけに、本当に夢のように消えてしまうのではないか。そんな根拠のない不安に襲われたのだ。 それは彼だけではなかったようで、暗がりに慣れた目に馨の安心した顔が映る。

 ゆっくりと指を絡め合い、二人は体の距離を近づけた。
 それはごくごく自然な衝動で、もっと近くに相手を感じたいという欲求によるものだった。繋げた手からお互いの体温が柔らかく伝わってくる。今までの友也はそれだけで満足できた。しかし今は、もっと、という情動が抑えられない。

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