春爛漫 (Page 5)

「馨」
 名前を呼ぶと馨は少しだけ目を逸らし、それから彼を上目使いに見た。恥じらいと期待が入り混じった複雑なその表情は、魅力的で友也は自分を抑えるのに必死になる。

 何を抑えるのか。
 友也はそんな疑問が脳裏に浮かぶ。
 そして、その疑問への回答として、馨へとそっと顔を近づけた。

 馨も応えるため顎を微かに上げ、唇が触れる会う前に瞳を閉じる。友也も同じように視界を閉ざし、唇の感触に集中した。
 柔らかく、それでいて瑞々しい唇に自分の唇を啄まれ、少しばかり驚く。だが、すぐに友也もそれに応じて、二人はお互いの唇を啄み合う。親鳥に食事をねだる雛のように、友也と馨は唇を鳴らして味わった。

 次第に息が苦しくなり、タイミングを計ったように二人は顔を離す。
 そして、再び目を開けた友也が見たのは、頬を紅潮させ、潤んだ瞳の馨だった。

 この表情も初めて見る。映画を観て興奮している時とも、羞恥心に堪えている時とも違う。
 体温が一度か、二度ほど高くなっているような気が友也はする。馨だけでなく、自分も。

 友也は絡めていた手をそっと解き、馨の背中へ回した。こんなふうに彼女を抱き締めるのは初めての経験だ。見た目よりもずっと細く感じる。自分の体とは違って骨からして細い、そんな感触だ。

 強く抱いたら壊れてしまう。
 そんな恐れにも似た感情が沸き上がり、それ以上力を籠めることができない。

 それでも体の前面をぴったりとくっつける形になっている。そのため、普段は意識しない馨の女性らしい膨らみを感じてしまう。男性には決して作り得ない円やかな凹凸は、友也の感情を性的な方向へ更に傾ける。
 下半身へ血が集まっていき、友也の最も男性らしい部分が存在を主張し始めた。

「あっ……」
 小さく驚いたような声が馨を出す。

 二人とも行為を望んでいる。だが、初めて深い所まで異性に触れ、触れられるというのは存外覚悟のいることだった。

 友也は馨の驚きの声におずおずと体を離し、なるべく明るい表情で呟く。
「やめようか……?」
 対して馨は無言で首を横に振る。そして、彼の股間へと手を伸ばす。

「うぁ」
 ゆっくりと勃起した張ったズボンの表面を馨が優しい手付きで上下に動かした。
 友也とて自慰の経験ぐらいはある。だが、それとは全く異なる快感が腰の奥から脳天へと迸った。
「おっきくなってる」
 彼の首筋に口を寄せた馨が囁いた。
 声の振動だけでぞくぞくと怖気にも似た快感が友也の首筋を這う。

「私も、触ってほしい」
 そう言った馨は熱病に浮かされたような妖しい目つきで友也の首筋に歯を立てる。強くはない咬合だが、はっきりと彼の首筋に歯形が残る。

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