人妻玩具 (Page 2)
 その階の角部屋の前で、紙切れと表札の番号を幾度か確認し、加々野はインターホンを押す。
 廊下が静かなので、室内で鳴ったインターホンの音が微かに彼の耳に届く。だが、応答はない。洒落たデザインの扉を睨みつつ少しの間だけ待っていたが、加々野は自分が鍵を持っていることに思い当たる。
 
 律儀に待っている必要はないのだ。
 彼は鍵をドアのカギ穴へ無造作に突っ込む。鍵は殆ど抵抗なく飲み込まれ、回すとこれまた抵抗なく開錠される音がした。
 
 ドアが開いたことに面食らいながらも、加々野は玄関に立ち入る。三和土には何もなく、半端に口の開いた靴箱の中には女物の靴が一足だけ見えた。
 
「出端!」
 室内に向かって声をかけるが、やはり応答はない。一瞬、夜逃げという単語が頭に浮かんだ。店の金を持ち逃げして、どこかで再起を図るつもりなのだろうか。他人の金で再起を図ろうとは、いい根性をしている。
 
 疑念で紛れていた怒気が再び加々野の腹の底で熱くなってきた。
 
「出端!」
 もう一度声を張り上げる。
 荒々しく鼻息を出し、加々野は靴を脱いで室内へ足を踏み入れた。冷たいフローリングの感触が靴下越しにあるが、耳障りな音はしない。自分の安アパートと比べて皮肉な気分になった。
 
 こんな高級そうなマンションに住んでいる奴が夜逃げして、築四十年以上のボロアパートに住んでいる自分が金を返せと乗り込んでいる。
 
 人生の皮肉を感じながら、加々野は廊下を通り、キッチン、ダイニング、そして寝室と順に見て回った。ノックもなく寝室の扉を開けると、パジャマ姿の女が薄ぼんやりした表情でベッドの上に座っていた。
 
 寝起きらしく化粧はしていない。それでもなかなかの美人だと分かる整った顔立ちをしている。むしろ派手な化粧をするよりも控えめにした方が素材の良さが出るだろう。ただ、どこか幼稚な印象を受ける顔立ちでもある。良く言えば純朴ではあるが、細身の体付きも相まって子供っぽい印象を加々野は女に対して抱いた。
 
「出端は?」
 声をかけると、はっとした様子で女は加々野を見つめた。黒目がちな瞳をぱちぱちと瞬く仕草は、夢から醒めたばかりのようでもある。
 
「出端は?」
 もう一度、問いかけると女はおずおずと口を開いた。
 
「あ、あの、これを」
 おどおどと女はサイドテーブルの上から封筒を取り上げ、加々野に差し出す。
 それを受け取り、加々野は表と裏を検分する。無地の封筒で、取り立てて特徴もないどこにでも売っていそうな代物だ。封はされていない。彼が中身を検めると便箋が一枚ある。こらちも、これといった特徴はない。
 
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