人妻玩具 (Page 3)

 しかし、記されていた内容は常軌を逸していた。店の金を退職金として貰い受け、どこかで再起を図るとあり、感謝と謝罪の言葉が末尾に取って付けたように並んでいる。
 
「……」

 加々野は黙って女に便箋を差し出す。だが、女はきょとんとした顔をして便箋を眺めているばかりだ。
 
「……読んでくれ」

 女の眼前に便箋を突き付け、加々野は目頭を揉む。まだ働いてもいないのに、どっと疲労が肩にのしかかってくる感覚がある。
 
「そこに書いてある、陽奈子(ひなこ)さんっていうのは、あんたか?」
「はい……」

 青褪めた顔で女――陽奈子が返事をした。
 
「書いてあることは、本当なんですか?」
「本当だよ。あんたの旦那は俺の店の金を持ち逃げしやがった。そんな手紙を用意してやがるぐらいだから、計画的なんだろうな」

 加々野が吐き捨てるように言うと、陽奈子が怯えたように肩を縮こまらせる。
 
「そ、そんな……。そんなこと、あの人がするはずが」
「信じられないなら、今から店まで来て空の金庫を見るか? それに俺がこうしてあんたの前にいることは証明にならないか?」

 口早にまくしたて、加々野は苛立ちに任せて陽奈子の胸倉を掴む。疲労が怒りで薄れ、掴みかかった手に力が入る。
 
「す、すみません」

 口先だけの謝罪に加々野の頭にさらに血が上った。掴みかかった手にさらに力が入る。その拍子にびぢっと音がして糸が切れ、ボタンがひとつ脱落した。
 
「謝ってもらわなくてもいい。金を返してくれるんならな」
「すぐに夫に連絡します、だから――」

 言い終わる前に加々野は陽奈子を乱暴に突き放す。バランスを崩し、彼女はベッドの上に倒れた。
 
「さっさとしろ」
「はい」

 慌てた様子でベッドの上を這い、陽奈子はサイドテーブルの上で充電されていたスマホを手に取る。そして、すぐに耳に当てた。だが、すぐに彼女はスマホを耳から話してしまう。
 
 舌打ちして、加々野は陽奈子の手からスマホを奪い、耳に当てた。すると聞こえてきたのは、すでに電話番号が使われていないことを伝えるアナウンスだった。
 加々野はすぐに自分のスマホから出端の番号にかける。結果は同じだった。
 
「くそがっ」

 激情に任せて加々野はベッドを蹴りつけた。大した衝撃ではなかったが、陽奈子がベッドの上で体を震わせる。
 
「どうしてくれんだ、あぁ?」

 半ば八つ当たり気味に加々野は陽奈子の胸倉を再び掴み、額を突き合わせるような格好で恫喝する。眼前に彼女の怯えた瞳があり、おろおろと当てもなく彷徨っていた。
 
「どうしてって……」

 哀れっぽい声で陽奈子は、そう呟く。だが、後が続かない。何も手立てが思い浮かばないのだ。実際の所、加々野も同じ境遇になったらすぐには対応策など思いつかない。
 

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