一人と独り (Page 2)
「……次はどこに行くの?」
買い揃えるものを考えていた彼に、環が穏やかな声で問いかける。
「……」
暁彦は何も答えず、視線を床に落とした。
どこへ、と問われても困ってしまう。気が向いた方向へ、気紛れに旅をしているのだ。目的地など考えたこともなかった。
彼は渡り鳥のように生きてきた。一時だけその土地に滞在し、そして気が向いた時に別の場所へと漂泊する。そんな生活をずっと続けてきたのだった。
それっきり二人の間に会話らしいものはなく、環は引き上げていった。
残された暁彦は二階の倉庫の片隅に誂えた寝床へと潜り込む。
暗い天井を見上げ、そこへ去っていく環の後ろ姿を思い描いた。女性にしては長身な環が、ゆっくりと暗がりへと消えていく。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか暁彦は眠りに落ちる。
再び目を覚ました時は、すでに夜が明けていた。未練がましく部屋の隅に暗がりが蟠っている。その暗がりを見ていると、暁彦は昨夜の夢想を思い起こした。
暗がりへと去っていく環。
暁彦は無意識に胸元を撫でる。我知らず湧き出した胸中の寂しさを慰めるための所作だった。
別れ難く思っているのだろうか。
自問するが、答えは出ない。
暁彦は寝床から抜け出し、身支度をしてから店舗のある一階へと降りる。
古い木製の雨戸を開け、窓の外を見ると雨だった。濃密な水の匂いが湿気となってカフェの中へと入り込んでくる。
雨の日は客足が鈍り、いつも以上に退屈な営業になるだろう。
店内で暁彦が開店の準備を進めていると、いつも通りの時間に環が現れる。二人は簡単に挨拶だけして、黙々と作業を進めた。
開店時間になり、看板を外に出しても客は来ない。
しとしとと降りしきる雨音と時計の音、それにお湯が沸く微かな音が店内にじんわりと堆積していく。
暁彦も環もカウンターに座って、身じろぎもせず窓の外だけを見ていた。お互いを見ないようにしている。そんな微かな緊張を伴って、視線を同じ方向に向けていた。
昼を過ぎても客は殆ど来ない。
じりじりと時計の針だけが進んで、二人は視線すら交わらない。
「暁彦君」
不意に環が椅子から立ち、彼の名を呼んだ。
普段と変わらない柔和な眼差しを暁彦に向け、彼女は口元の黒子を指先で撫でる。それは環が何か躊躇っている時の癖なのだと、暁彦は半年間の付き合いで学んでいた。
何を躊躇っているのか、と暁彦は黙って環の言葉を待つ。
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