一人と独り (Page 4)

「濡れてるだろうから、先にシャワーを使って」
 玄関で靴を脱いでいると、暁彦は背中にそう言葉を投げられた。

 振り返ると環の姿はもうない。
 靴を脱いで玄関を上がると、靴下越しにひんやりとしたフローリングの感触がする。

 環の自宅は町の中心からやや外れた位置にあるマンションだった。
 古い民家をわざわざカフェにして利用しているぐらいだから、彼女は古いものを好むと勝手に暁彦は考えていた。だが、環の住まいも、そしてそこに収められた諸々も新しく、それでいて現代的なものばかりである。

 ゆっくりと暁彦は廊下を歩いていく。
 広い家だ。

 廊下の左右には幾つか扉があり、その一つはリビングと廊下を隔てるものだった。
 暁彦はさらに廊下を進む。すると廊下の一番奥まった場所の扉が開いており、中では環がバスタオルなどを用意している後ろ姿が見て取れる。

「着替えも遠慮せずに使って」
 彼女の言葉通り、男物の着替えが用意されていた。

 言われるがまま、暁彦はシャワーを使い、用意されたものに着替える。そして、彼と入れ替わりに環がシャワーを使う。
 リビングで待っているようにと言い置かれたので、大人しく彼は従った。廊下を逆戻りし、リビングに続く扉を開ける。普段は見えない他人の生活が、そこはぎっしりと詰まっていた。 壁際には何枚か写真が飾られている。

 暁彦は環が戻ってくるまでの時間潰しに、飾られた写真を見ていることにした。写真は主に環と、男性が映っている。さらに写真を見ていくと結婚式の写真があり、ウェディングドレスの環とタキシード姿の男性が満面の笑みで映っていた。

 そのまましばらく待っていると、環がリビングに姿を現した。

「雨、強くなってきたみたい。やっぱり風も出できたわ」

 彼女の言葉を証明するように窓に一際強く雨が吹き付ける。

「お店に帰るのは大変ね」
「……そうですね」
「泊まっていく?」
「いいんですか?」
「……ええ」

 二人の視線が絡み合う。お互いの真意を探るように恐々と。
 だが、どちらからともなく歩み寄り、唇が近づく。そして、無表情なまま、暁彦と環は唇を重ねた。柔らかな唇を啄み、舌を絡ませて体液を交換する。
 暁彦は一度唇を離すと、環の首筋に軽く歯を立てた。歯を押し返す弾力と舌先に触れる微かな汗。鼻腔の奥まで環の香りが入り込んでくる。

「あっ」
 吐息と声が彼女の口から零れる。
 

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