彼氏ですから (Page 3)
「……美織って、いつになったら呼んでくれんの?」
「え?」
「もういい、このデカチン早漏野郎」
美織は精液と唾液で汚れた口元を乱暴に手首の辺りで拭い、和史の足の間から立ち上がる。そして休憩に入ったばかりだというのに、休憩室を出て行ってしまった。
取り残された和史は、一瞬ぽかんとしてしまう。
だが、すぐに自分がマズイことをしてしまったのだと悟り、顔をしかめるのだった。
*****
何がマズかったのか。
一人悶々と考え込んでも一向に答えは出ない。
和史はこっそりと溜息をつき、離れた場所で仕事をしている美織を盗み見た。彼女の背中には拒絶の二文字が見えるようだ。こういった時にどうすることが最善なのか和史には見当もつかない。
二人の間に仕事以外の会話もなく、あの休憩以降は距離が開いてしまったようで、和史は落ち着かない気持ちになっていた。他人に対してこんな感情を抱くことは初めてで、彼自身も大いに戸惑っている。
そうこうするうちに勤務時間が終わってしまう。
幸か不幸か、二人が仕事を終える時間は同じだった。
美織と顔を合わせることを避け、機嫌が直るのを待つべきか。
あるいは積極的に話しかけて、問題の解決を図るべきか。
ぐずぐずと考え、またしても和史が答えを出せないまま更衣室を出たところで、ばったりと美織と顔を合わせてしまった。
「え、あの、その」
もごもごと和史が口の中で言っているのを無視し、美織は彼に背を向ける。やはり背中は彼を拒絶しているように感じられた。だが、生まれて初めて味わう困惑と、そこから生まれた混乱が和史を反射的に動かしてくれる。
「美織さん、待ってください」
従業員が出入りする裏口から出たところで、和史は美織の手を掴んだ。急に手を掴まれた彼女は当然ながら驚いた顔をする。だが、手を掴んだのが和史だと分ると、急に相好を崩した。
「え? なに? もっかい言って」
「ま、待ってください?」
「いや、その前」
「別に意味があることを言ったわけじゃなくて」
「もうちょいあとだって。まあ、でもやっと呼んでくれたじゃん」
「呼ぶって、なにが」
「マジで自覚ないの? 名前だってば」
「もう仕事は終わったんで」
「ん? どいうこと?」
「その、ちゃんと区切りを付けたくて。仕事とそれ以外で」
「だから今は美織って呼んでくれるってこと? 真面目かよー」
不機嫌さなど微塵も感じさせない、からりとした笑顔を見せて美織が自分を掴んでいる和史の手を解く。それからぱんっと音を立てて和史の背を叩き、彼を面食らわせた。
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