おとなしいと思っていた会社の後輩は好きな人の前では豹変しちゃう
私、平野凛香はずっと会社の岸田先輩のことが好きだった。でも、先輩には奥さんがいて、ガードも堅い。そんなある日、一緒に行った出張先の田舎町から帰れなくなって、先輩と一緒に泊まることになった。この千載一遇のチャンスを私は逃すわけにはいかない。お酒に酔った勢いで先輩とのエッチになだれ込むしかないわね。そうしたら、先輩だってノリノリで、一晩中のセックス三昧のはずよ。
「……あ、おはよう、ございます」
「ん、平野さん、おはよ、よく眠れた?」
目を覚ますと同時に岸田先輩の優しい声が降ってきた。
『えっと、あれ、なんで岸田先輩がいるんだっけ』
まだ寝ぼけているのか、私の頭は全然働いてない。
今、私はベンチに座っていて、横には岸田先輩が座っている。
『えっと、確か、今日は……』
よく回っていない頭で状況を思い出す。
今日は、私、平野凛香は、上司の岸田先輩と、この辺鄙な町に出張に来ていた。
そして、全てが終わって、会社に戻るためにバスを待っていて……、あっ。
「先輩、バスは……」
「ああ、前のは行っちゃったよ。まあ、よく寝てたし、起こすのも可哀想かなって」
「でも、次まで一時間以上あるじゃないですか……、ごめんなさい」
「良いって、良いって、今日は疲れただろうし、まだあと一本あるから」
そう言って、岸田先輩は優しく微笑んだ。
先輩はいつも優しい。
私が入社して以来、色んな失敗をした時も、書類で困った時も、嫌な顔ひとつせずに指導してくれた。
今日だって、本当は着いてこなくても良いのに、わざわざ一緒に出張してくれた。
「でも、今日は平野さんよく頑張ってたよ。ほとんど説明を分かってくれないお年寄りにも、粘り強く説明しててさ、僕の手助けはいらなかったかな?」
「そんなことないです。まだまだ先輩から教えてもらうことがたくさんあります」
「そうかい? まあ、そう言ってもらえるとありがたいね」
岸田先輩はちょっと恥ずかしそうに白髪混じりの頭をかくのだった。
「次のバスまであと1時間か……。次が最終だから気をつけないと……」
あくびをしながら岸田先輩は時刻表を確認していた。
「先輩、時間になったら起こしますから、大丈夫ですよ」
「いやいや、流石に後輩の前で居眠りはできないよ」
そう言っていた岸田先輩だったが、五分もたたないうちにこくりこくりと船をこぎ始めた。
私はやっぱりと溜息をついた。
『昨晩、遅くまで今日の仕事の準備をしていたの知っていますよ……』
私が今日の仕事で説明が上手く行ったのは岸田先輩が作ってくれた資料のおかげだった。
しかもそれは、持ち帰り仕事をしてまで準備をしてくれたものだった。
だから、私は無理に起こすことはしたくなかった。
それにしても、本当に穏やかな寝顔だった。
思わず頬を撫でそうになるのを何とかとどめる。
「何で好きになっちゃったのかな……」
私はぐっすりと眠っている岸田先輩の顔をぼんやりと見つめていた。
決して美男子というわけではないが優しいそうな顔つき。
年相応に緩んできているががっしりしている身体。
そして、左手の薬指に輝く銀色。
そこまで視線が行ったところで、私はそっと目をそらした。
レビューを書く