育ての親と (Page 2)
「テーブル借りるねー」
「うん」
俺が気の利く男性だったら「手伝うよ」の一言が言えるのかもしれないが、最早甘えきるのに慣れてしまっているので後はもう見守るだけだ。
元々家政婦として雇われたからなのか、単純に由香さんがデキる女だからなのか。全く苦じゃないらしく、この屋敷のことはほとんど彼女任せだ。
ぼーっと眺めているだけで、ベッド付近に寄せられたテーブルの上に並ぶ二つのグラス。
「ごめんね、待たせちゃって」
透明なグラスを、濃い目の赤い液体が満たしたところでそっと声を掛けられる。
「いや全然。大丈夫」
待ってないから、の一言を思いついたものの口から出ることはなかった。
俺なんかが急に気の利くことを言ったって驚かせるだけだろうし……。
頬をぽりぽりと掻く俺を、由香さんは不思議そうに見つめながら隣に座った。
「りょーくん」
「うん」
手渡されたグラスを持って向かい合う。
視線だけでなんとなく言いたいことは伝わった。
ベッドに腰掛ける二人。腕を伸ばせば届きそうな距離。
うぅむ。これで俺の恋人とかだったら完璧なんだけどなぁ……。
由香さんは亡くなった親父の再婚相手。つまりは、義理の母親なのだ。
「乾杯っ」
ちりん、と小さく擦れ合うような音が部屋の中に響いた。
それを合図に口を付けて、ぐびぐびと飲む。自慢じゃないが、ワインの飲み方なんて知らない。
もっと苦くて渋みのある味を想像していたのだが、案外飲みやすかった。
「はあぁ……」
優しくて綺麗なお義母さんがうっとりした横顔になっている。
隣で色っぽいため息を漏らすのは心臓に悪いのでやめて欲しい。
由香さんもこの後寝るのだろう。肩だけ露出させた白いネグリジェ姿は、なんというかすごく無防備。
そして近くにきたことで分かったが、風呂を上がってからまだそんなに時間が経っていないのだろう。
ワインの香りよりも由香さんの甘いシャンプーの匂いで鼻腔が埋め尽くされる。
「由香さん、お酒好きだったんだ」
「え? うーん……」
少し上を向いて何やら思い出すような仕草。
「久しぶりに飲むからかな? なんかね、ヒロアキさんが飲まない方がいいって言うから」
それだけ言うと彼女はくいっ、とグラスを傾けてまた飲み始める。
あっという間に一杯目を飲み干してしまった。
「ふうん」
ヒロアキさん、というのは俺の親父のことだ。
ああ、そっかこれ。親父が飲んでるワインなんだな。
俺と由香さんを除けばこの家に住んでいるのは親父だけだ。住んでいた、が正しいか。
「そっか……」
親父ももう居ない。飲み終わってしまえば、ワインも無くなって……。
(由香さんも、居なくなるのかな)
そんなことを考えながらまた、ぐびぐびと飲む。
「おー、りょーくんも意外と飲めるんだね」
小さく拍手される。ちょっぴり恥ずかしい。
「もう一杯ぐらい飲むー?」
自分のグラスに注ぐついでにこっちにも尋ねてきたので、何も考えず頷いた。
飲みやすいワインだとは言っても、そこそこアルコールが入っているのか体が熱くなってきた。
特に頬の周りが熱い。もしかしたら真っ赤になってるかもしれない。
どぼどぼと勢いよく注がれるワインを見ながら、また物思いに耽る。
そう、考えてみれば。
由香さんは親父の再婚相手なのであって、俺とは血も繋がっていない他人なんだ。
じゃあ、どうするんだろう? 親父が居なくなって。
例えば引っ越して、親父以外の他の誰かとまた結婚して……。
うん、何もおかしくはない。
ただ、そこには俺が居ない気がする。
(嫌だな、それは)
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