新入社員が天才な牝犬だった件

・作

小さな予備校の講師をしている俺は、昔家庭教師で教えていた永山由紀の新人研修の担当になっていた。そんな彼女は俺の後ろにいつもついてまわる子犬のようだと揶揄されるほど、俺のことを慕ってくれている。でも、彼女はただ慕っているわけではない。常に甘い吐息を漏らし、瞳を濡らして俺を見つめてくる「牝犬」なんだ。

「はい、ありがとうございました。では、お待ちしていますね」

 俺の隣の席に座る永山由紀が、ゆっくりと受話器を置いた。

 そして、すぐに目の前のパソコンを操作して、今のやり取りをまとめる。

 忘れないうちに生徒の要望を記録して授業に活かすわけだ。

 俺は自分の受け持ち授業の指導案を作成しつつ、そんな彼女を横目でチラ見していた。

 まだまだ新人の由紀のフォローを任されているんだから、仕方ない。

 と言い訳しつつ見つめているのは、彼女のうなじや耳、細く白い首筋に映える小さなホクロ、ピンク色の唇や柔らかそうな頬や耳朶だ。

「っ!」

 不意に由紀の身体がピクリと強張った。

 ハッとしたように俺へ視線を向けるが、何気ない素振りで視線を戻して手を動かす。

 でも、彼女の耳は真っ赤で、うなじや頬は赤く火照り、僅かに汗ばんでいるようにも見える。

 彼女が大きく息を吸って座り直し、オフィスチェアがぎしりと軋む。

「ん、ふ」

 同時に甘い響きが漏れた。

 俺はゴクリと喉を鳴らし、耳を真っ赤にする彼女の様子を窺う。

 彼女のデスクの電話が鳴り、彼女がビクリと肩を震わせた。

「お電話ありがとうございます」

 彼女は受話器を持ち上げて、新人らしいハキハキとした声音で応えた。

「俺だよ」

「ひうっ! あ、んん……」

 俺が携帯に向かって声をかけると、由紀は身を捩り受話器を取り落としそうになった。

 身体が小刻みに震えて、滑らかな頬を汗が伝い落ちる。

「俺だとダメか……」

 そんな俺の問いに、由紀がにへらと情けない笑顔を作る。

 チラリとこちらへ向ける視線はねっとりと濡れ、僅かに怯えているような期待しているような色を帯びていた。

 俺は携帯を置いて、もう一方の手で握っていた小さなリモコンの「強」ボタンに指をかけた。

*****

 まさか、彼女が俺の勤めているところへ入社してくるなんて、思ってもみなかった。

 俺が家庭教師として教えていた時、彼女はぐんぐん成績を伸ばしてSクラスの大学でも簡単に入れるほどになっていた。

 もちろん、俺は彼女の家族に絶賛されたが、俺自身が彼女についていけなくなり、結果を知ることなく身を引いたんだ。

 もちろん、その後は泣かず飛ばす。

 地元の小さな予備校のアルバイトから、そのまま正社員になっただけ。

 そんな予備校で、俺は彼女を見つけた。

 ちょうど新卒の面接があった日、予備校の共用トイレから出たところで、トイレの前にいた彼女とぶつかったんだ。

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