付け入る隙

・作

新田(にった)は夏目(なつめ)という人妻が万引きする場面に遭遇する。そして、万引きの映像を利用して彼女を手に入れることを画策する。

 その女を新田が知ったのは数か月前だった。

 偶々入ったスーパーで見かけたのである。初めて見たときも、その次に見かけたときも、殆ど気に留めなかった。

 だが、三度目に見かけたときは違う。彼女は商品を持参していたエコバッグに入れ、会計をせずそのまま持ち帰ったのである。大した額の品物ではなかった。だが、万引きは万引きだ。

 どうしようかと迷った。とはいえ確たる証拠もなく、新田自身も正義感に溢れた人間ではなかったので放置していた。

 もう二度と会うこともないだろうと。しかし、その女は再び新田の前で品物を盗んだ。

 スーパー自体が古く、監視設備も整っていないようだったこともあって、彼女の万引きはまたしても成功した。

 新田は女を尾行し、住処を突き止めることに成功する。それから女の身辺を調べ、盗癖があることを突き止めた。いくつかのコンビニやスーパーで女は万引きを繰り返し、その度に新田は映像に記録していったのである。

 それらの膨大な記録を見て、女はすっかり顔色を失っていた。

 新田が今いる場所は女の住処から少し離れた場所にあり、尚且つ行動範囲の外にある喫茶店だ。

「……どうします? これ」

 指先でスマホを突き、新田は穏やかな声で訊ねた。

 スマホの画面には女が商品をポケットや鞄に滑り込ませる決定的瞬間が動画で流れている。動画は編集され、決定的瞬間だけを集めたものになっていた。

「どうって……」

 女は掠れた声でそれだけやっと言う。

「じゃあ、質問を変えましょうか。お名前は?」

「えっ?」

「お名前を聞かせてくださいよ、あなたの」

 渋っている様子の女に対し、新田はスマホを操作して見せた。画面が切り替わり、トイレで女が自慰をしている様子が映し出される。

「万引きして、そのあとトイレでオナるのが習慣の、あなたのお名前を聞かせてくださいよ」

 ぱくぱくと餌をねだる鯉のように口を動かしている女に、思わず新田は笑ってしまう。侮辱されたと思ったのか、彼女は顔を真っ赤にして唇を噛み締める。

「音、出しましょうか? 実は声も取れてるんですよ」

「……やめて。お願い」

「お名前は?」

「夏目(なつめ)」

「フルネームでお願いしますよ」

「……夏目聡子(さとこ)」

「じゃあ、夏目さん。僕の要求はいくつかあります」

「いくつか? なにを?」

「とても簡単なことですよ。あなたがお勤めの職場の情報が欲しいんです」

「そんなもの、何の役に立つの?」

「情報はいつの時代も役に立つものです。価値を見出せるかどうかは、それを持つ者次第ですけどね」

 例えば、と新田はスマホを指さす。相変わらずそこには夏目の痴態が映し出されていた。その画面から目を逸らし、彼女はまた唇を噛み締めた。どうやら何かを我慢するときの癖らしい。

「了承して頂けないのであれば、僕としては夏目さんの情報を世界中に発信するしかないですね」

 新田は動画の再生を止め、スマホをポケットへと入れた。

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