付け入る隙 (Page 2)

「……私はフリーのライターだから、情報なんてないわよ」

「それは僕が判断しますよ」

 そう答え、新田は伝票を持って立ち上がった。

「じゃあ、行きましょうか」

「は?」

「夏目さんのお宅ですよ。今の時間ならご主人は就業中でしょう?」

「え、なんで私が結婚してるって……」

「ご主人は、どんな顔をするでしょうね。自分の奥さんが」

 ぐっと新田は夏目に顔を近づけ、耳元に囁いた。

「万引き狂いの淫乱だって知ったら」

 新田の声は先程までの穏やかで慇懃なものとは打って変わって、腹の底に響くような恫喝を含んでいる。

「ここは僕が持ちますよ。さあ、案内して頂けますか?」

 本当は夏目の住処など知っている。だが、こうして案内させることで自ら情報を暴露させているように錯覚させることが狙いだ。自宅の場所を恐喝者に教えるのは、心理的にハードルはかなり高い行為だろうが、そうやって精神的に屈服させていく必要がある。

 こうして辿り着いた夏目の自宅はマンションの一室であった。

 室内は綺麗に整頓されており、掃除も行き届いている。その清潔感はモデルルームのようでもあり、どこか生活感に欠けていた。

 夏目に案内させながら室内を回っていると、不意に彼女のスマホが着信音を鳴らす。電話ではなく、メールだった。中身を改めると、取引先と緊急に通話をする必要があるとの報せだった。

「悪いけど、仕事だから」

 安堵した様子を隠しきれていない夏目に、新田は苦笑を返すしかない。

「僕に気にせず、どうぞお仕事をしてください。むしろ、そのほうが僕にとって有益です」

 彼は夏目の背中を押し、仕事部屋に入る。そして、彼女をパソコンデスクの前に座らせた。

「パソコンを使った通話ですよね? どうぞ」

「でも……」

「夏目さん」

 目を細めた新田が低い声で呼ぶと、夏目はすぐに目を逸らしてパソコンの電源を入れた。ディスプレイを見る彼女の横顔は固い。

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